理化学研究所(以下、理研)は、マウスに対して複雑な認知課題を自動的に訓練するための標準的なシステムを開発したと発表した。

自動訓練装置の模式図。マウスはホームケージから接続部を通り先端部へと移動し、訓練を受ける。正しい行動に応じて報酬が与えられ、学習が進行する。(出所:理研プレスリリース)

同研究は、理研脳科学総合研究センター行動・神経回路研究チームのアンドレア・ベヌッチチームリーダー、青木亮研究員、坪田匡史基礎科学特別研究員らの研究チームによるもので、同研究成果は、10月30日付で英国のオンライン科学雑誌「Nature Communications」に掲載された。

人間の認知機能と神経細胞の活動との関係は、従来、主にマカクサルなどの霊長類を用いて研究されてきたが、近年では、マウスがモデル動物として使用される機会が急速に増加している。マウスは光遺伝学や特定の細胞種の標識などの遺伝学的ツールが多く開発されており、特定のタイプの神経細胞の活動を大規模にモニタリングすると同時に、活動を人為的に操作できる。そのため、多数の神経細胞の活動をシステムレベルで捉え、その活動と行動との因果関係を調べることが可能となりつつあるという。しかし、マウスに対する認知課題の訓練は数カ月を要し、また、訓練に用いられる実験装置は、実験者ごと、あるいは研究室ごとに最適化されることが多く、実験者間、研究室間、さらには研究機関の間で訓練手法や得られたデータなどを共有することが難しいという問題があった。

そこで研究チームは、行動訓練および行動制御のための標準的なプラットフォームとして、小原医科産業と共同で自動訓練装置を開発した。この装置はマウスのホームケージとつながっていて、マウスは1日に2~3回、自発的に接続部を通って先端部に移動し、そこで訓練を行う。この装置は完全に自動化され、実験者がその場にいなくても訓練を行うことができる。実際に、視覚情報を用いた複雑な意思決定課題を12匹のマウスで並行して訓練したところ、8週間という短期間で12匹中8匹のマウスが学習に成功した。また、数百もの神経細胞の活動が同時に計測可能な光子顕微鏡を用いて、顕微鏡下にマウスを保持したままで訓練時と同様の行動を行わせ、同時に脳表面から150マイクロメートル程度の深さの神経細胞の活動を計測することにも成功した。

実験者の介入を最小限に抑えて均一な条件で取得した共有可能なデータは、行動をつかさどる脳の働きをシステムレベルで理解する上で非常に重要となる。同研究で開発した自動訓練装置は、実験者間や研究室間でのデータの共有を促進し、正常時および病理下での認知機能を支える神経基盤の理解に大きく貢献するものと期待できるという。さらに、同研究成果の展開により創出が見込まれるビッグデータを活用することにより、近年急速に発展している機械学習や人工知能研究と脳科学分野の連携を促進すると期待できるということだ。