岐阜大学は、受容体型チロシンキナーゼ Kit(キット)が脳の形成に重要な役割を果たすことを発見したと発表した。

胚生18.5日のマウス。右は異常がないマウス。左の条件付きKit変異マウスは目が成長していない。(出所:岐阜大学プレスリリース)

胚生15.5日のマウスの頭部断面(右が鼻)。上は異常がないマウス。下の条件付きKit変異マウスは脳が空洞。(出所:岐阜大学プレスリリース)

同研究は、岐阜大学大学院医学系研究科の青木仁美講師、原明教授、國貞隆弘教授によるもので、同研究成果は、10月5日付で米国臨床研究学会「JCI insight」に掲載された。

Kitは、細胞外からのシグナルを細胞内に伝達し、細胞の様々な性質を調整するリン酸化酵素のひとつとして知られており、組織・器官の発生や再生に必要な幹細胞の増殖・分化に重要な役割があることが分かっている。Kit の機能が失われると、白斑症などの色素異常、重篤な便秘、貧血、不妊を引き起こし、逆に Kit の機能が過剰になると、がんの原因になることが知られている。しかし、受精卵の段階で既にKitの機能を失っている突然変異マウス(以下、Kit変異マウス)には、白斑や貧血などの症状が現れるが、脳神経には異常が見られないため、これまでKitが脳に与える役割は不明で、Kitが脳に多量に発現する理由は謎に包まれていた。

正常なマウス、Kit変異マウス、条件付きKit変異マウスの脳形成の成否(出所:岐阜大学プレスリリース)

同研究では、発生初期(胚生8.5日前後)の脳神経領域に限りKit遺伝子の機能を失わせる変異を誘導する遺伝子操作マウス(以下、条件付きKit変異マウス)の成育を確認したところ、例外なく脳の成長が進まず、脊髄や目も正常なマウスに比べて非常に小さく、胎児期にすべて死亡した。さらに、これらのマウスの神経幹細胞 を調べると、その増殖に異常があることが分かった。なお、条件付きKit変異マウスの症状は、両親に依頼する2個のKit遺伝子のうち1個が変異しただけで現れる。つまり、この変異は優性(顕性)遺伝し、Kitシグナルが半分になるだけで脳神経細胞が死んでしまうことを示している。

受精卵段階でKitが変異していたKit変異マウスの脳に異常が見られない理由については、仮説として、きわめて初期の胚の段階でKitに異常があると、Kitの機能を代替する遺伝子が代わりに発現することで、脳の成長が誘導されると考えられるという。なお、代替遺伝子は色素細胞や血液細胞では発現が少なく、Kitの異常をカバーしきれずに白斑や貧血などの症状が現れると考えられるということだ。

Kit以外にも、発現が認められるのに機能が明らかではない遺伝子は数多く存在しており、マウスの全遺伝子の2/3は機能を失わせても異常が観察されなかった、という報告もある。同研究結果から類推すると、これらの遺伝子は必要ないのではなく、実際にはどこかの組織・ 器官で使われており、受精卵の段階でこれらの遺伝子の機能を失わせた場合は、別の代替遺伝子が発現するため、異常が観察されないと考えられるという。今後、この予想を他の遺伝子でも確認することで、数多くの遺伝子に関して今まで明らかにされていない新しい機能が発見されることが期待されるとうことだ。