※2010/08/02掲載記事の再掲です

少し前に、こんな見出しが新聞紙上をにぎわせた。その前にも、ハワード・ストリンガー氏(ソニー会長)の「4億1,000万円」、前田新造氏(資生堂社長)の「1億2,100万円」など、国内上場企業の役員報酬が次々と報道され話題に。次々と明らかになる「1億円プレーヤー」の存在は、若きビジネスパーソンにとって憧憬の的だ。

いま、なぜこうした役員報酬開示の動きが起きているのか、経営コンサルタントの松原寛樹氏に背景を伺った。

高額報酬が開示されている背景とは?

各企業がこぞって役員報酬を開示しているのは「年間1億円以上の報酬を得た役員(取締役、監査役、執行役、社外役員)の氏名と金額を個別に開示すること」を金融庁が新たに義務付けたからだ。基本報酬と賞与に加え、退職慰労金、ストックオプション(株価連動報酬)も開示の対象となる。2010年3月期決算から急遽導入されたこの新ルールを受けて、国内上場企業は急ぎ対応に追われているのだが、そもそもなぜこうしたルールが定められたのか?

「上場企業の不祥事や株主の利益を著しく損なう資本政策などが後を絶たないことに加え、経営が会社内部で秘密裏に行われ、国内外の株主・投資家、金融機関などを中心とした利害関係者への説明責任を果たしていないという声が高まっています。そうした声を受け、いま求められているのが企業の経営を監視し規律を正す“コーポレート・ガバナンス”の強化。株式市場の活性化と投資家保護を意識している金融庁としては、株式市場(投資家)がコーポレート・ガバナンスの評価をできる制度にする必要があると考えているものと推察されます」(株式会社マネジメントソリューション・松原寛樹氏)

開示によるメリット・デメリットは?

役員報酬の適切性はコーポレート・カバナンスを評価する一つの要素。1億円以上の役員報酬をつまびらかにすることで、経営陣が業績を度外視した高額報酬を受け取らないよう“けん制”する狙いもあるようだ。

「投資家の多くは、役員の報酬とその会社、あるいは役員の業績は連動しているものと考えているので、開示によりその役員の業績と報酬が適切であるかをチェックできるというメリットが出てくるのです」

一方で、松原氏は開示によるデメリットも指摘する。

「役員報酬の開示基準を1億円としたことで、会社の役員報酬の上限が実質的に1億円になり、より良いインセンティブを与えることが難しくなります。役員のパフォーマンス低下を招く恐れや、1億円以上の高額報酬を支払ってでも会社に留めておきたい優秀な役員人材を流出してしまう可能性もあります。結果、投資家が気にする“株主価値”を下げることにつながる恐れもあるでしょう」

これらの懸念に対し経済界・産業界との議論が不十分なまま開示ルールが定められたことや、準備期間が短く対応が間に合わないことに対する不満の声も企業側にはくすぶっているようだ。

次々と明かされる有名社長たちの高額報酬

だが、「拙速だ」と反発を強める企業をよそに、役員たちの「億超え」を伝えるニュースは連日伝えられている。小島順彦氏(三菱商事社長)の「2億4,900万円」、新貝康司氏(日本たばこ産業取締役)の「1億4,200万円」、里見治会氏(セガサミーHD会長兼社長)の「4億3,500万円」、冨沢昌三氏(メガネトップ会長)の「1億7,456万9,000円」などである。

いささか加熱気味のマスコミ報道。「個人情報保護の観点、個人の安全上の観点から見て問題が発生する可能性があります」と松原氏も指摘するように、「誰が」「いくら貰っている」という部分にだけ耳目が集まることに警鐘を鳴らす声もある。

とはいえ、若者の出世意欲が低下しているともいわれる昨今、例えそれが「雲の上の存在」であったとしても、役員たちの高額報酬はビジネスパーソンにとって夢のある話だ。自分の給与明細とはケタが違いすぎる数字にため息をつくのでなく、どうせならモチベーションを高めるためのエネルギーに代えたいものだ。

筆者プロフィール:松原寛樹
1974年、茨城県出身。1997年に中央大学を卒業後、東芝機械株式会社に入社。経理部で原価担当を務める。2000年、株式会社ネットワークダイナミクスコンサルティング(現:株式会社ニューチャーネットワークス)に入社し、大企業・中堅企業向けの事業戦略立案や、業績評価に関するコンサルティングに従事する。その後、記帳代行会社勤務を経て、2006年に株式会社マネジメントソリューションを設立、代表取締役社長に就任。 株式会社マネジメントソリューション:http://www.msol.jp/ 中堅・中小企業向け内部統制支援ツール:http://www.ic-msol.jp/

文●田中コジロー