カリフォルニア工科大学(Caltech)をはじめとする国際研究チームは、ナノスケールの光量子メモリの開発に成功したと発表した。光子を用いて情報を保存するデバイスを1個のチップ上に集積したものであり、量子力学特有の現象である量子重ね合わせ状態を利用してデータ保存の効率と安全性を高められるとしている。研究論文は、科学誌「Science」に掲載された。

量子情報の保存・伝送に利用できる光量子メモリをナノスケールに微細化し、1チップ上に集積化した(出所:Caltech)

光量子メモリについてはこれまでにも開発事例があるが、保存効率を高めるために長さのある結晶材料が用いられるなど、比較的サイズの大きなものになっていた。今回の光量子メモリではナノスケールの光共振器が用いられており、光源や検出器といった他の部品を含めてデバイス全体が1チップ上に集積されている。このように集積化されたデバイスは、将来的に、量子情報の伝達に光量子ネットワークを用いるための不可欠な部品になるとする。

光子を利用したデータの保存・伝送によって、信頼性と安全性の高い情報伝達が可能になると考えられている。光子は質量および電荷をもたないため、他の粒子との相互作用を最小限にした状態で光ファイバー網のなかを伝送できるからである。

光量子メモリは、既存のコンピュータで使われているメモリと同じように、0と1の2値による2進コードの形式で情報を保存する。従来のメモリでは電子的なスイッチのオン・オフ状態によって0か1どちらかの符号を表現し、これが1ビットの情報単位になる。つまり1ビットは0か1どちらかの値をもつ。

これに対して、量子メモリの情報単位である1量子ビットは、0と1の値を同時にもつことができる。これは光量子でいえば、光子のスピン角運動量(偏光の方向)や軌道角運動量といった量子情報に関して、複数の異なる状態が1つの光子中に同時に存在するという量子重ね合わせ状態を利用するためである。

今回のデバイスでは、レアアース(ネオジムイオン)を微量ドーピングしたイトッリウム・バナジウム酸化物の結晶材料(Nd:YVO)を用いて光共振器を作製し、これをメモリモジュールとして利用した。各メモリモジュールは幅700nm、長さ15μmというサイズとした。光共振器の形状は掲載画像のような直線走路状である。

これらを0.5Kの極低温に冷却し、レーザーを用いて単光子をモジュール内に注入すると、モジュールに吸収された光子が75ナノ秒後に外部に放出される。このときの光子の量子情報をチェックしたところ、97%の光子において量子情報が保存されていることが確認できたという。

今後の技術課題としては、メモリモジュール内に光子が保存される時間を延ばすことが挙げられている。今回は75ナノ秒という保存時間だったが、数百kmの距離を伝送するような実用的な量子ネットワークを考えた場合には、最低でも1ミリ秒の保存時間が必要になるという。また、情報の保存効率を現状の97%程度からさらに上げていくことも課題である。

研究チームは、より複雑な回路上に光量子メモリを集積することも計画しており、量子情報ネットワークにおいて光量子メモリが実際に使用できるようにすることを目指すとしている。