IBM、量子コンピュータによる分子シミュレーション向けアルゴリズムを開発

IBMは、量子コンピュータ上で分子シミュレーションを行うための新しいアルゴリズムを開発したと発表した。同社が試験運用している7量子ビットの量子プロセッサを用いて、水素化ベリリウム(BeH2)の分子構造に関する問題を解くことに成功したという。研究論文は、科学誌「Nature」に掲載された。

今回の分子シミュレーションで使用した7量子ビットプロセッサ(出所:IBM)

報告されているBeH2の分子シミュレーションは従来型コンピュータでも可能だが、これまで量子コンピュータによって扱われた分子の中では最大のものであるという。今回のアプローチをより多数の量子ビットからなる大規模な量子コンピュータに適用することで、現在のコンピュータでは計算困難な複雑な化学問題を解けるようになるとみられている。

実用化が見えてきた量子コンピュータ

IBMは2016年5月、5量子ビットの量子コンピュータを公開し、クラウド経由で誰でもこれにアクセスできるようにして、実際に量子コンピュータによる計算を実行できるサービスを開始した。今年3月にはビジネスおよびサイエンス向けの初の商用量子コンピューティングシステム「IBM Q」を立ち上げ、5月には量子ビット数を16ビットおよび17ビットに増強した量子プロセッサも発表している。

IBMの開発している量子コンピュータは量子ゲート型と呼ばれる方式であり、従来型コンピュータの演算に使われている論理ゲートと似た動きで演算を行う。ただし、従来型の論理ゲートでは1ビットの値は「0」か「1」のどちらか一方をとり、この2値の組み合わせによって演算処理するのに対して、量子ゲートでは「量子重ね合わせ状態」と呼ばれる量子力学的現象を利用し、1量子ビットに0/1の値が同時に重ね合わせられた状態をつくる。これにより並列処理での計算が可能になるため、原理的には、問題のサイズが大きくなるにつれて計算量が指数関数的に増えていくようなタイプの計算を短時間で処理できると考えられている。

IBMが量子コンピュータの計算能力の単位として採用している「量子体積」の概念図。量子体積を増やすには量子ビット数の増加とエラー率の低減を同時に進める必要がある(出所:IBM)

量子コンピュータの計算能力を評価する尺度として、IBMでは「量子体積」と呼ばれる単位を採用している。大まかにいうと、量子ビット数が大きくなり、エラー率が低くなるほど量子体積が増えて量子コンピュータの計算能力は高くなる。

量子ビット数を多くしても、エラー率が高いままだと量子体積は増えず、計算能力は上がらない。また量子ビット数が少ない状態でエラー率だけを下げても、やはり量子体積は増えず、計算能力は上がらないので、量子ビット数を増やして同時にエラー率を低くすることが重要になる。また、量子ビットの品質や、回路の接続性といった要素も量子体積に影響する。

量子ビット数については、量子コンピュータが従来型コンピュータの性能を凌駕する能力を発揮するには少なくとも50量子ビット程度のシステムが必要であると考えられている。IBMでは、この50量子ビット以上の量子コンピュータを今後数年間で実用化することをめざしているという。

実用的な量子コンピュータにおける実効的なエラー率の高低は、各演算の精度に加えて、ある問題を解くためにどれくらいの回数の演算が必要か、またそれらの演算をプロセッサがどのように実行するかといったさまざまな要素で決まるという。

量子コンピュータの能力発揮には適切なアルゴリズム開発が必要

今回行われた分子シミュレーションでは、7量子ビットの量子プロセッサのうち6量子ビットを使って、BeH2の最低エネルギー状態(基底状態)を求めた。

こうした計算を行う場合、構成原子中の軌道上のすべての電子と原子核の相互作用を記述するハミルトニアン(量子力学のエネルギー演算子)を複雑な近似計算によって求めることになる。ただし、従来型コンピュータで分子シミュレーションを行う場合のアルゴリズムを現在使用できる現実的な量子コンピュータにそのまま適用すると計算の効率は悪くなる。量子コンピュータで分子シミュレーションを行う場合、量子ビット数や量子演算回数といった条件に合わせてアルゴリズムを効率化する必要がある。

今回の分子シミュレーションでは、まず最初に計算に必要な量子ビット数を少なくするため、ハミルトニアンの変換を行う。そして、量子プロセッサにおける自然なゲート操作を行えるようにハードウェア的に効率化された量子回路を使って、基底状態のハミルトニアンを試行的に作り出し、そのエネルギー状態を評価する。次に、エネルギー評価値をもとに、さらに低いエネルギー状態を作るような量子回路を生成する。この操作を繰り返すことによって、必要な精度での基底状態が得られるとしている。

こうしたアプローチを量子体積が増えた将来の量子コンピュータに適用すれば、従来型コンピュータの計算能力では追いつかないような複雑な分子についての量子シミュレーションが可能になると考えられている。

今回論文発表された実験は、7量子ビットの場合に特化されたものなので、現在クラウド上で一般利用可能な5量子ビットおよび16量子ビットの量子プロセッサでは実行できない。ただし、量子化学シミュレーションのためのIBM Q向けソフトウェア開発キットについてはGitHub上で公開されている。また、5量子ビットプロセッサでは、ユーザーが水素分子と水素化リチウムの基底状態シミュレーションを行えるようになっている。16量子ビットプロセッサでは、より大きな分子のシミュレーションも利用可能である。

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