東京大学(東大)は9月7日、マクロな世界の基本法則で、不可逆な変化に関する熱力学第二法則を、ミクロな世界の基本法則である量子力学から、理論的に導出することに成功したことを発表した。

同成果は、東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻の伊與田英輝 助教、金子和哉 大学院生、沙川貴大 准教らによるもの。詳細は米国の学術誌「Physical Review Letters」に掲載された。

熱力学第二法則は不可逆な変化に関する法則だ。ある変化が不可逆であるとは、その逆向きの変化が自発的には起きないことを意味する。こうした不可逆性は、しばしば比喩的に「時間の矢」と呼ばれる。

熱力学の特徴の1つに、それがマクロな現象に関する理論であることが挙げられる。マクロな物質には、ミクロな構成要素が含まれている。この構成要素の基本法則は、時間反転に関して対称的であるという性質がある。これは、不可逆性を表す熱力学第二法則とは著しく異なった性質といえる。そのため、ミクロで可逆な法則とマクロで不可逆な世界との整合性をどう理解するかは、19世紀以来の物理学の大きな難問となっていた。

しかし、近年、量子力学と統計力学を用いて、熱力学第二法則を理論的に導くことが可能になってきた。そこで重要なのは、エントロピーのゆらぎまで考慮に入れることで、熱力学第二法則を等式で表現する「ゆらぎの定理」と呼ばれる統計力学の定理だ。すでに、熱力学第二法則やゆらぎの定理は情報熱力学として情報量を含んだ形に一般化されており、情報と熱力学の関係が実証されている。これらの研究において、熱力学第二法則などを導出する際の重要な仮定は、熱浴の初期状態が統計力学におけるカノニカル分布であることだった。

同研究の設定の模式図(出所:東京大学Webサイト)

今回の研究では、マクロな世界の基本法則である熱力学第二法則を、まず第二法則が成り立つ精度を任意に決めて、その精度に対して熱浴のサイズを十分大きくとれば第二法則が成り立つ、という形で、数学的に厳密に定式化し、ミクロな世界の基本法則である量子力学から、理論的に導出することに成功したという。

また、従来の研究とは異なり統計力学の概念を使うことなく、多体系の量子力学に基づいて、量子力学的な純粋状態についても第二法則が成り立つことを理論的に証明。さらに、「ゆらぎの定理」を同様の設定で証明することにも成功したとしている。

今回の成果について研究グループは、量子力学だけに基づいて不可逆性の起源を理解する大きな一歩となるのみならず、冷却原子気体など高度に制御された量子多体系の非平衡ダイナミクスの理解にもつながると説明しているほか、この理論は多くの量子多体系に適用可能なものであるため、ブラックホールの情報パラドックスなどへの応用も期待されるとコメントしている。