勝てば日本代表の6大会連続6度目のワールドカップ出場が決まる、オーストラリア代表とのアジア最終予選第9戦が31日午後7時35分、超満員必至の埼玉スタジアムでキックオフを迎える。過去のワールドカップ予選で未勝利の難敵に対して引き分け以下ならば、サウジアラビア代表をまじえた三つ巴の混戦に拍車がかかる、まさに天国と地獄とを分け隔てる大一番。日本中のファンやサポーターが注目する90分間の見どころを、ヴァイッド・ハリルホジッチ監督や代表選手たちの言葉から追った。

決戦前日に飛び込んできた予期せぬ吉報

キャプテンのMF長谷部誠(中央)

決戦前日に予期せぬ一報が飛び込んできた。グループBに与えられる2枚のワールドカップ切符を争うライバル、サウジアラビア代表が敵地でUAE(アラブ首長国連邦)代表に逆転負けを喫したのだ。

当初は31日に予定されていた一戦はサウジアラビア側の要望を受けて、29日に前倒しされていた。狙いはただひとつ。UAEに勝って暫定首位に立ち、特に日本に対してプレッシャーをかけることだ。

9月5日のアジア最終予選の最終戦で、サウジアラビアはホームに日本を迎える。中6日の前者に対して後者は中4日。過密日程の上に、10時間を超える長距離移動と6時間もの時差が追い打ちをかける。

勝負を優位に運ぶための青写真は、しかし、まさかの黒星とともに脆くも崩れた。日本はたとえオーストラリアに負けたとしても、サウジアラビア戦で引き分ければロシア行きの切符を手にできる。

ただ、ホームの埼玉スタジアムを埋めたファンやサポーターの目の前で、喜びを分かち合いたいという思いは強い。右ひざの手術を乗り越え、昨年11月以来の復帰を果たしたキャプテンのMF長谷部誠(フランクフルト)が、チームに携わる全員の思いを代弁する。

「ここで勝ってみんなで喜ぼう、という思いがチーム内に充満している感じです」

30日の公式練習前に記者会見に臨んだ日本代表のヴァイッド・ハリルホジッチ監督も、オーストラリアに勝ってワールドカップ・ロシア大会出場を決める、というこれまで通りの目標を強調した。

「我々とオーストラリアにとってはポジティブな結果だが、だからといって我々の状況は変わらないし、決意も変わらない」

オーストラリアの攻撃を封じるための処方箋

DF吉田麻也

当たり前のことだが、相手を無失点に封じれば勝利する確率は上がる。しかし、オーストラリアは今年に入って3バックを採用。巨体を前面に押し出したロングボール攻撃から、パスをつなぐスタイルに変えた。

アジア王者として臨んだ6月のコンフェデレーションズカップでは、ドイツに敗れるも2‐3と善戦。カメルーンとチリには1‐1で引き分けた。メルボルンで引き分けた昨年10月とは、明らかに変わっている。

ハリルジャパンの最終ラインを統率する吉田麻也(サウサンプトン)は、コンフェデレーションズカップの映像などを確認した上で、警戒すべき点をすでに整理している。

「最終ラインが3枚になった分だけ中盤が厚くなっているので、そこで彼らがやりたいようなポゼッションサッカーをさせないこと。あとはサイドで数的優位な状況を作られて、クロスを上げられないこと。これらは特に大事になってくると思っています」

ここで危険なのは、オーストラリアは変わったと決め込むこと。サイズの大きさやフィジカルの強さは健在なだけに、日本を幻惑する意味でも、従来のスタイルを織り交ぜてくるかもしれない。吉田が続ける。

「状況によってもちろん変わってくるので、どうなるのかを流れのなかで随時判断していかないと。ただ、0‐0で進めば進むほど、相手は僕ら以上に大きなプレッシャーを感じるはずなので」

1ポイント差ながらオーストラリアを勝ち点で上回り、得失点差でも優位に立っている。これらを忘れずにリスクマネジメントを徹底し、チャンスの起点にもなる緻密な仕事が最終ラインには求められる。

驚異的な回復力で間に合わせた大迫勇也の存在

FW大迫勇也

これも当たり前だが、相手を無失点に封じても、ゴールを奪えなければ勝てない。その意味では7月末に右足首のじん帯を損傷したFW大迫勇也(ケルン)が、驚異的な回復ぶりを見せて合流したことは大きい。

182センチ、71キロとやや華奢に映る大迫だが、体幹の強さを巧みに駆使したボールキープ術はため息が出るほど上手い。味方とのぶ厚い信頼関係が構築されているから、さまざまな攻撃が可能になる。

たとえば大迫が前線で黒子に徹し、ボールをキープしながら時間を作り出すことで、スピードに長けた左右のウイングやサイドバックが相手の最終ラインの裏へ抜け出すことができる。

左サイドバックの長友佑都(インテル)は、左ウイングの原口元気(ヘルタ・ベルリン)や乾貴士(エイバル)との連携で左サイドを崩す青写真を描く。もちろん大迫のポストプレーも、そこに絡んでくる。

「中央の守備はやはり堅いので、サイドが勝負になると個人的には思っている。相手のフォーメーション的にもサイドで数的優位を作り、そこでの勝負に勝てれば、試合を優位に進められるんじゃないかと」

右はサイドバックの酒井宏樹(マルセイユ)に決定力も備えた久保裕也(ヘント)か、縦に速い浅野拓磨(シュツットガルト)が絡む。前回の対戦時には大迫が招集されていなかったことも、データが乏しい点で優位に働くかもしれない。

もっとも、大迫自身は黒子だけで終わるつもりはない。ブンデスリーガ移籍後では最多となる7ゴールをあげて昨シーズン後には、こんな言葉を漏らしたことがある。

「ゴール前でもっと迫力を出すことが、僕自身の課題だとずっと思っている。普通にプレーしていたら出せないものだし、だからこそもっと意識しながら、自然と迫力を出せるようにしないと。ゴール前へ入り、ボールを受ける回数が多いほど何かを起こせると思うし、相手の脅威にもなるはずなので」

本田圭佑が唱えたキーワード。それは「強気」

FW本田圭佑

オーストラリアは2006年1月に、アジアサッカー連盟(AFC)への転籍が承認された。それまでのオセアニア連盟所属時代を含めて、日本はワールドカップ予選でまだ勝ったことがない。

通算成績は5分け2敗。ワールドカップ・ブラジル大会出場を決めた4年前の直接対決も、場所も同じ埼玉スタジアムで、後半アディショナルタイムに決めた劇的なPKで辛うじて引き分けにもち込んでいた。

決めれば天国、外す、あるいは止められれば地獄のPKを、大胆不敵にもど真ん中に突き刺したFW本田圭佑(当時ACミラン、現パチューカ)は、オーストラリアを撃破するキーワードとして「強気」をあげる。

「僕だけじゃなくて、チームが強気でいけるかどうか。大事な試合だからこそ強気が求められる。慎重さというよりは強気。相手がどうこうではなく、メンタルがすべて。テーマはそこだと思っています」

オーストラリアへの苦手意識だけではない。大一番が近づくにつれて、一部スポーツ紙で「負ければ解任。引き分けでも内容次第で」と、ハリルホジッチ監督の去就が取り沙汰されるようになった。

否が応でも、さまざまな雑音が耳に入ってくる。加えて、どんなに対策を講じても、100%とはならないのがサッカーだ。クロスにしても守備網をかいくぐられ、あげられる場合ももちろんあるだろう。

「クロスをあげられたときの対応などは、自分のなかでもう少し高めていきたい。自分より明らかに身長が高い相手でも、最後は必ず体をタイトに寄せるとか、最低限そういうことができるように準備したい」

相手を十分な体勢で跳ばせはしない、と決意を新たにしたのは昌子源(鹿島アントラーズ)だ。吉田とセンターバックを組むことが予想される24歳は、国際Aマッチ出場がまだ4試合しかない。

それでもJリーグで歴代最多の獲得タイトル数を誇り、昨シーズンもJ1と天皇杯の二冠を制した常勝軍団の最終ラインを託されてきた自負が「強気」を導き、揺るぎない自信となって前を向かせる。

FW杉本健勇

昌子と同じ1992年生まれで、今回の決戦シリーズで初めて招集されたFW杉本健勇(セレッソ大阪)も臆するところがない。オーストラリアに対抗できる、187センチ、79キロのサイズを誇る男は豪語する。

「ホンマに生きるか死ぬかというか、天国か地獄か、というくらいの勝負だと思っている。周囲とのコンビネーションがああだ、こうだと言っている暇もないし、気を使っている場合でもない。自信がなかったら代表を辞退したほうがいい、とさえ思っているので」

チーム内に漂いはじめた、ポジティブな雰囲気に手応えをつかんでいるのか。4日間の直前合宿を肉体面、そして精神面のリカバリーに割いたというハリルホジッチ監督も、公式会見で語気を強めた。

「私が必要としているのは11人の戦士、サムライだ。それで勝利を求めて戦う」

前売り段階でチケットは完売し、スタンドは日本のチームカラーであるブルーで染まる。合い言葉は「歴史を作る」――。選ばれた男たちが臨む一世一代の大勝負は、午後7時35分に運命のキックオフを迎える。