京都大学は、シロアリの兵隊アリへの分化を抑制するフェロモンを特定し、さらにこのフェロモンが、働きアリを兵隊アリの側に引き留めておく機能と、昆虫病原菌の成長を抑える機能も併せ持つことを明らかにしたと発表した。

同研究は、京都大学大学院農学研究科の三高雄希と、松浦健二教授らの研究グループによるもので、同研究成果は、7月26日に英国王立協会紀要(Proceedings of the Royal Society B)にてオンライン掲載された。

(A)働きアリの体内で幼若ホルモン(JH)の濃度が上昇すると、2回の脱皮を経て兵隊アリに分化する。(B)巣内の兵隊アリの数が少ないと、多くの働きアリが前兵隊アリとなる。巣内の兵隊アリの数が多いと、新しく前兵隊アリになる個体の数が減る。(出所:京都大学プレスリリース)

社会性昆虫(アリ・ハチ・シロアリ)は数多くの種類のフェロモンを用いていることが知られており、採餌や繁殖、巣の建設、カースト分化の制御など、全ての社会活動にフェロモンが関わっていると考えられている。

社会性昆虫の巣内では、各カーストが異なる仕事に従事する分業体制がとられているが、シロアリでは、巣の防衛は兵隊アリと呼ばれるカーストによって行われている。シロアリの兵隊アリは働きアリから分化するが、巣内で兵隊アリの割合が増加すると分化が抑制されることが知られており、昔から「シロアリの兵隊アリは、新しい兵隊アリの分化を抑制するフェロモンを分泌しているのではないか」と予測されてきた。

(-)-β-エレメンは、働きアリから前兵隊アリへの分化を抑制する。一方で、兵隊アリは働きアリに世話してもらう必要があり、 (-)-β-エレメンを分泌して働きアリを呼び止めると考えられる。さらに、(-)-β-エレメンは昆虫病原糸状菌の成長も抑制するが、シロアリ卵擬態菌核菌の成長を止めることはできない。(出所:京都大学プレスリリース)

同研究チームは、ヤマトシロアリの兵隊アリと働きアリ、それぞれの体表面にある物質を有機溶媒で抽出し、成分分析を行なった結果、(-)-β-エレメンと呼ばれる、炭素数15個の揮発性のテルペン類が兵隊アリでのみ大量に検出された。次に、人工的に兵隊アリへの分化を誘導した働きアリに、この(-)-β-エレメンを与えた結果、兵隊アリへの分化を抑制する効果があることが明らかとなった。さらにこの物質には、働きアリを集合拘束させる効果や、黒きょう病菌や白きょう病菌といった昆虫に感染し死に至らしめる菌類の成長を抑制する効果もあることがわかった。ちなみに、ヤマトシロアリの巣内の卵塊には、シロアリの卵に物理的にも化学的にも擬態している菌(卵擬態菌核菌)がしばしば紛れ込んでいるが、(-)-β-エレメンはこの卵擬態菌核菌の成長は抑制できなかった。

同研究により、シロアリの兵隊フェロモンが特定され、このフェロモンには複数の機能(兵隊アリ分化抑制、働きアリ拘束、抗菌作用)があることが明らかとなった。このことは、ヤマトシロアリの兵隊アリはフェロモンにより、新たな兵隊アリが分化してくるのを抑制するだけでなく、働きアリの世話を受ける必要のある時に働きアリを引き留め、なおかつ巣内で病原菌が蔓延るのを防いでいることを示している。

この研究成果は、兵隊アリで特異的に生産されていた抗菌物質が、フェロモンとしての機能をもつようになったことを示唆しており、兵隊アリが病気から巣を守る化学的防衛の役割も担っていることが分かった。今後は、社会性昆虫の役割分業の進化や、その制御に関わる分子メカニズムの理解が深まっていくと期待されるということだ。