アト秒で切り開いた!電子の世界(坪井淳子)

こんにちは! 科学コミュニケーターの坪井です。

専門外ながら、未来館のノーベル物理学賞チーム「ぶつりーず」の一員として昨年のノーベル賞シーズンを走り抜けて以降、物理の世界にときめくようになりました。

今回は、ノーベル物理学賞の予想として、私が昨年度ご紹介した「アト秒科学」の続編です。

アト秒というのは、0.000000000000000001(10-18)秒のこと。
そんな短い時間に起こる現象を「見る」という凄まじいことをやってのけるのが、アト秒科学です!

※「そもそもアト秒科学って?」については、昨年の予想ブログをご覧ください。


なぜ今、続編かというと、
アト秒科学の分野でトップを走る研究者の1人である、早稲田大学の新倉弘倫(にいくらひろみち)先生に、先日お話を伺ってきたからです...!

新倉先生は、ポール・B・コーカム先生と10年ほどカナダで一緒に研究されていました。

コーカム先生と言えば、1993年にアト秒だけ出る光の波(アト秒パルス)の発生原理を説明する「スリーステップモデル」を提唱*1した方。アト秒科学のパイオニアのおひとりです。

新倉先生は、コーカム先生と一緒に研究をされながら、フェムト(10-15)秒科学からアト秒科学への転換点を間近で見て、そして、ご自身も歴史を転換させてきた方です。

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新倉弘倫先生
手に持っているのは、カナダを去る際にコーカム先生からプレゼントされた世界に1つだけの時計。下の銀色の部分には、フェムト秒からアト秒への転換を示す"femto to atto"という文字が刻印されています。


新倉先生は6月16日にはアト秒レーザーを使ったこのような成果を発表されたばかり。

▽ アト秒レーザーで位相を分けた電子波動関数の直接イメージングに成功
  新規なアト電子テクノロジーの開発に期待
 https://www.waseda.jp/top/news/51913


このタイミングでお時間をいただけたとは幸運以外のなにものでもありません。アト秒科学の歴史から最新の研究成果まで、たっぷり伺った話をお伝えします。

■ アト秒科学の目指すもの

みなさんはどれだけ速いものを見ることができますか?

人の目で認識できる最速の速さは、せいぜいミリ(10-3)秒程度だと言われています。*1

人の目で認識できない超高速現象を見るため、先人たちは科学技術を発展させ、機械などを使って人間が見られる最短時間をどんどん短くしてきました。

1980年頃、アト(10-18)秒より1つ遅いオーダーであるフェムト(10-15)秒に到達します。

その技術で化学反応中の分子の動きを見る方法を創り上げたアハメッド・ズウェイル先生は、1999年にノーベル化学賞を受賞しています。


その先にあるアト秒。

なぜ、研究者はアト秒を目指したのでしょうか?
限界に挑む、飽くなき探究心が人間の性なのでしょうか?


新倉先生のお話を聞いてみると、そこには「電子の動きや分布を実際に見たい!」という、確かで熱い想いがありました。


電子は、「ボーアの原子模型」という原子構造のモデルを使って計算すると、原子核の周りを一周150アト秒で回ります。
なので、動く電子を見るためには、アト秒の現象を見るための道具である「アト秒パルス」(アト秒の短さだけ光るレーザー光)が必要です。

なぜ電子の動きを見ることが大事なのかというと、電子の分布は、世の中の至るところで起こっている化学反応のしやすさやしにくさを決めるとても重要な要素だからです。

1981年にノーベル化学賞を受賞した福井謙一先生の「フロンティア軌道理論」によると、下の図のように、分子や原子の中にある電子の分布(分子軌道)によって、分子や原子同士がくっつきやすかったり、くっつきにくかったりします。

だからこそ、その動きや分布をこの目で見たいと強く想うのです。

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分子や原子の中にある電子の分布(分子軌道)によって、
分子や原子のくっつきやすさが変わる

電子の分布の違いは、電子の波の様子の違い(位相の違い)を表すの色
早稲田大学プレスリリースの図を元に作成

■ 見るまでの歩み*6,7

「見たい!」という想いがどれほど強くても、実現させるのは簡単ではありません。


以前のブログにも書いたように、コーカム先生のアイデアによって人類がアト秒の壁を超えるまでには、レーザーの最短発光時間がフェムト秒からなかなか短くならなかった約10年もの停滞の時代がありました。

さらに、新倉先生から話を聞くと、
アト秒科学の発展には、アト秒パルスの提唱・観測だけに留まらない、いくつもの新しく素晴らしいアイデアがあったことがわかりました。

そもそも、アト秒パルスの発生を証明するには、発生したパルスの幅が本当にアト秒なのかきちんと測定する方法が必要です。また、アト秒パルスを使って電子の動きや分布をどうやって見るのか、技術開発も必要です。

発生・測定・活用の三拍子が揃って、やっと電子の世界を見られるようになるのです。


新倉先生らは、カナダのコーカム先生のところで、1997年に提案された測定方法「アト秒ストリーク法」*3とは別の測定方法を考える中で、分子や原子内の電子の動きを測定するために、「再衝突電子」を用いる手法を発案しました*4。これは、三拍子のなかの「活用」の部分です。

「再衝突電子」とは、アト秒パルス発生を担う陰の主役です。


え??
電子を見るためには、アト秒パルスが必要だったのに、アト秒パルスを発生させる材料である「再衝突電子」を使って、電子の動きを見られる??


どういうことかを説明するために、まず、アト秒パルス発生の仕組みをお話しします。

アト秒パルスを発生させるには、強い赤外光レーザーをネオンなどの気体にあてます。気体の原子や分子の中に捉えられている電子は、ポテンシャルという場の中におり、下の絵のような坂の中にあるボールのようなイメージで、できるだけ低いところに居続けようとします。しかし、十分に強い赤外レーザー光をあてると、一定の確率で、壁をスルリとすり抜けて外に出ます(トンネルイオン化)。

スルリと外に出た電子は、そのまま坂を下って離れていく...のですが、光にはゆらゆらとした波の性質があるので、一定時間経つとポテンシャルの坂道が逆になります。すると、中心に向かって電子が一気に加速され、最終的には元の分子や原子にぶつかります。その時に、発生するのがアト秒パルスです。

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アト秒パルス発生の原理


私が陰の主役といった「再衝突電子」とは、その分子や原子にぶつかる電子のこと。

新倉先生は、再衝突電子そのものがアト秒オーダーの時間幅をもつ電子の波であることを突き止めました。

実は、再衝突電子が元の原子にぶつかるとき、アト秒パルスの他にも、ぶつかった電子が跳ね返ったり、原子中のほかの電子が飛び出たりすることがあります。このとき出てきた電子がどれくらいの速さで飛んだのかを測ると、電子の波は光ではないものの、アト秒パルスのように再衝突電子がぶつかった原子や分子の動きをさぐる道具として使えることがわかったのです。

再衝突電子は原子から出ているので、先生の言葉を借りると「自分自身で自分自身を測定する」方法です!

さらに再衝突電子によって発生するアト秒パルス自体に、衝突された分子や原子の中の電子の様子が記録されることを見つけました。

これにより、コーカム先生率いるカナダ国立研究機構のチームは、2004年に窒素分子の周りにある電子の分布と波の様子(位相)の再構成に成功します*5


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窒素分子の分子軌道のイメージ
色は電子波動関数の振幅
カナダ国立研究機構 David Villeneuve博士提供


しかし、新倉先生にとって、この成果はまだゴールではありませんでした。


上の図は、得られた測定値からある仮定を用いて「再構成」したもの。いわば、測定された数字から推測した図で、直接的に見た写真のようなものではないのです。


「これを直接ビジュアライズしたい。それが我々の2010年以降の望みなんです。」


新倉先生のその望みが叶ったのが、冒頭で紹介したこの6月の成果なのです!!!

■ ついに波動関数を見た!

成果はこちら。

電子の分布と電子の波の様子(電子波動関数の位相)をカメラで撮影するようにイメージングに成功したというものです。

(原論文はScience誌2017年6月16日号掲載のD. M. Villeneuveらによる「Coherent imaging of an attosecond electron wave packet」)

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波動関数のイメージング
二次元の検出器に直接、多数の電子の粒が映し出され、f-軌道になる様子をカメラで撮影した画像。右図は数秒間、積算したイメージ。
新倉弘倫先生提供


▽「なるべく生の『物理実験』の『感覚』を伝えるために」と、新倉先生が動画を提供くださいました。


「これ、直接見ているんです。肉眼でも見えますよ」と新倉先生。

「この測定だと、粒として観測される電子がたくさん集まって、(運動量空間での)電子波動関数になる様子がわかります」とのこと。


これまで、ひとつの電子の波の様子を見ようとすると複数の波の重ね合わせになってしまうため、個々の電子の波を測定するのは困難でした。
しかし、この実験では、赤外光のレーザーとアト秒パルスを絶妙な強さと波長と当てることで、ひとつの電子の波の取り出しに成功したのです。

さらに!それだけではありません!

量子である電子には、粒との性質と波の性質があり、波の性質は波動関数を使って表されますが、これまでは観測すると電子の分布(粒の性質)しか残らず、波の性質を見ることは困難でした。電子は検出器に当たると、粒として観測されてしまうため、波の性質は消えてしまうからです。
消えてしまう波としての性質は"位相"といいます。


20170720_tsuboi_06.png
新倉弘倫先生提供


上の右図で、ピンクと赤の四角でかこんだ領域では、本当は電子の位相が異なります。でも、飛んでくる電子を集めただけでは、同じ粒としてしか観測されません!

そこで新倉先生は、異なる波長のアト秒レーザーパルスを用いて、「位相を抜き出すために」照らし合わせる電子をつくり、それを重ねることで、波動関数の中で「異なる運動量を持つ電子が異なる位相を持っている」ことを実際に明らかにしました。

こうして、粒の性質に加えて波の性質までしっかりと捉えることで、たしかにf-軌道の「電子の粒」は「違う位相(符号)を持っている」ことが実験で示されたのです!


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アト秒パルスと赤外パルスの時間差を変えると、波動関数の違う位相(符号)成分が強調される
右はf-軌道の模式図。色の違いが位相(符号)の違いを表す。
新倉弘倫先生提供


▽ こちらも動画でもご覧ください。

この研究成果の意義についてお話を伺う中で、新倉先生は、量子力学の立役者であるマックス・ボルン先生の言葉を紹介してくれました。


 The question of whether the waves are something 'real' or a function to describe and predict phenomena in a convenient way is a matter of taste. I personally like to regard a probability wave, even in 3N-dimensional space, as a real thing, certainly as more than a tool for mathematical calculations. (Max Born, Dover publ., 1964, 'Natural Philosophy of Cause and Chance', p. 107)

 波動関数が何か「リアルな」ものなのか、それとも現象を描写し予測する便利な関数なのかどうかという問いに対する考えは、好き好きである。私としては、数学計算の道具としてではなく、3次元空間においてでさえリアルなものとして見なしたい。(訳は筆者)


ボルン先生に、この成果への感想を聞いてみたいですね。

■ その先に目指すもの

長年抱いてきた「電子の動きや分布を実際に見たい!」という想いを達成した今、新倉先生の目はすでに先を見ていました。

次なる目標として新倉先生が挙げたのは、この3つ。

 ・電子の分布を立体的に捉え、内側の構造まで見る
 ・光をあてる前の状態の電子の分布と位相を見る
 ・化学反応中の電子の分布と位相の変化を見る(福井謙一先生のフロンティア軌道理論の実証)

どれをとっても誰もいまだ直接見たことのないものです。

さらに、
「粒として観測される電子が集まると波動関数になるとは、実はどういうことなのか?」
「電子が位相を持つ(波としての性質を持つ)ということは、実はどういうことなのか?」
という量子論始まって以来の疑問を解きたいとのことです。

 

それが見えたとき、一体どんな世界が広がっているでしょうか...??

 

 

 
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新倉先生の実験室

 

改めて、ここで断言します。
アト秒科学こそ、ノーベル物理学賞にふさわしいと思います!


と、フライングで勝手に再予想をしてしまいましたが、
未来館では、もちろん今年も、皆さんと一緒にノーベル賞を盛り上げていきます。

ノーベル物理学チームの「ぶつりーず」は、昨年度から継続の雨宮・坪井に加えて、超強力な新メンバーが2人加わり、早速リサーチ作業を始めています。(誰かは予想ブログでのお楽しみ!)


今年の生理学医学・化学・物理学各賞の予想ブログは、9月頃の予定です。
どうぞ皆さま、お楽しみに!

 

参考文献
*1 P. Corkum (1993), Phys. Rev. Lett. 71, 1994.
*2 http://news.mit.edu/2014/in-the-blink-of-an-eye-0116
*3 E. Constant et al. (1997), Phys. Rev. A56, 3870.
*4 H. Niikuraet al. (2002), Nature 417, 917.
*5 J. Itataniet al. (2004), Nature 432, 867.
*6 新倉 (2011), 『再衝突電子によるアト秒電子運動の計測』, 分光研究第60巻第6号, 219-232.
*7 新倉(2004), 『再衝突電子を用いたアト秒の電子・分子動学』.



Author
執筆: 坪井淳子(日本科学未来館 科学コミュニケーター)
高校で地理の面白さに目覚めて、大学では地学を専攻。その後、自然科学を仕事にしたいと民間気象会社で勤務。自然科学の美しさとそれをサービスの形にして社会に届けられることに、やりがいを感じながらも、より広い視野で自然現象と共存するためには、私たちはどうあるべきかを考えるため、2016年より未来館へ。

本記事は「日本科学未来館 科学コミュニケーターブログ」から提供を受けております。
著作権は提供各社に帰属します。


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