動物の糞(ふん)を調べると、いろいろなことが分かる。ペットなら健康状態、野生の動物なら何を食べているのか。そして富山県の寒い山岳地帯にいるライチョウの糞からは、ここのライチョウが、かつて地球温暖化で生息数が減ってしまう大ピンチを切り抜けていたことが分かったのだという。富山大学の山崎裕治(やまざき ゆうじ)准教授らの研究グループが、このほど発表した。

写真 富山県・立山のライチョウのつがい。手前がメス(山崎さん提供)

図 立山のライチョウ個体数変化のイメージ。最終氷期に個体が増え、その後の地球温暖化で減少。気温が下がって個体数は回復した(山崎さんら研究グループ作成・提供)

山崎さんらが調査したライチョウは日本にだけいる固有の種類で、北アルプスや南アルプスなどの、おもに標高2200メートル以上の高山で繁殖している。絶滅が心配されており、国の特別天然記念物にも指定されている。

ライチョウ1羽ごとの遺伝子の細かな違いを調べるため、山崎さんらはライチョウの糞を狙った。糞は腸を通ってくるので、その表面には腸の細胞が付いている。2013年と2014年の5~7月、富山県の立山でライチョウが糞をして立ち去ったのを確認し、すぐに糞の表面を綿棒でこすって腸の細胞を採取した。これを研究室に持ち帰り、遺伝子を分析した。

ひとつの集団を作っている同じ種類の生き物でも、個体ごとに遺伝子がすこし違っていて、遺伝子には一定の「多様性」がある。ところが、集団内の個体数がなんらかの原因で減ると、特定の遺伝子が失われてしまう確率が高まり、この「多様性」は小さくなる。また、以前に比べて個体数が増えているのか減っているのかを、遺伝子の違いから推定する方法などもある。これらをもとに糞から採ったライチョウの腸細胞を調べたところ、立山のライチョウは、今から約4000年前に数が増えたことが分かった。

地球は約2万年前、最終氷期の寒さのピークを迎えていた。ライチョウは、そのころ大陸から渡ってきて日本に住み着いたと考えられている。その後、地球は温暖化し、6000年ほど前に暖かさのピークになった。世界中の氷河が解けて水が海に流れ込み、海面の水位が上がった。そのころの日本は縄文時代。関東地方などで海面が数メートルも上昇し、海は低地にはい上がった。「縄文海進」という現象だ。

高山にいたライチョウは、暑さを逃れようにも、ふもとの高温地帯を越えて別の地域に移ることは難しい。ライチョウが暮らすハイマツの茂みも狭くなり、このころからライチョウは、現在に向けて、しだいに数を減らしてきたと考えられていた。

しかし実際には、ライチョウの数は約4000年前に増えていた。ちょうど地球温暖化のピークが過ぎて気温が下がってきたころだ。そこで山崎さんらは、立山のライチョウは「縄文海進」をもたらした温暖化の危機を乗り越え、自然環境が回復するとともに数が増えたのだと結論した。

立山でライチョウの数がかつて増加したという事実は、今回の研究で初めて分かった。現在は絶滅が心配されているライチョウ。環境さえ整えば、また数が増えるのだろうか……。ライチョウの糞が伝えてくれた教訓だ。

関連記事

「巨大津波でも巻貝の遺伝的多様性失われず 東北大などが大震災前後データを解析調査」

「藻類から陸上植物への遺伝子進化示す」