産業技術総合研究所(産総研)は6月29日、日本列島の第四紀以降のおよそ300万年の間に生じてきた東西短縮地殻変動が、従来考えられていた太平洋プレートの運動によるものではなく、フィリピン海プレートの運動に起因するものであるとの研究成果を公開した。

同成果は、産総研 地質情報研究部門の高橋雅紀 研究主幹によるもの。詳細は、産総研 地質調査総合センターが発行している「地質調査研究報告」(オンライン版)に掲載された。

今回の研究成果の説明を行う産業技術総合研究所の高橋雅紀 研究主幹。下の模型は日本列島の断面図をイメージしたもの。地面をスライドさせると、隆起して山のようになる場所が2カ所ある。そこが現実世界では山地となる

日本列島の本州は、約300万年前に始まった東西短縮地殻変動により、海底が隆起した結果、陸化して生まれたが、現在も東西方向に強く押される動きは変わっていない。こうした東西短縮地殻変動は、日本列島の各所に歪みをともない、地殻にそのエネルギー(歪みエネルギー)を蓄積。地殻の強度を超えると、地殻が破壊され、逆断層や横ずれ断層が動き、エネルギーが解放され、地震を引き起こしてきた。

日本列島周辺のプレート運動と主な内陸地震(赤い○)。理由は後述するが、本州の広い範囲は東西方向に押されている (資料提供:産総研/高橋雅紀)

こうした日本列島を東西に短縮する地殻変動は、これまで、日本の東に位置する太平洋プレートが大陸側のプレートに沈み込むことが原因で生じるものと言われてきたが、太平洋プレートの運動方向や速度は4000万年前から概ね変化がなく、東西短縮地殻変動が始まった300万年前とは歴史の桁が1桁異なるなど、地質学的に整合性が取れないという課題があった。

そこで高橋研究主幹は、13年間にわたり、この謎に関して研究を継続。今回、アナログの模型を活用することで、その仕組みを解明し、太平洋プレートではなく、フィリピン海プレートの動きが根本的な原因であることを突き止めたとする。

具体的な説明としては、以下のようなものとなる。地震(火山性を除く)には、大きく各プレート同士の間で生じる「海溝型地震」と、山間部や日本海側などで生じる「内陸地震」に分けられ、例えば2004年10月の新潟県中越地震(M6.8)などが内陸地震としては知られている。海溝型地震が生じた影響で、内陸地震が生じるという説もあるが、バネを思い浮かべてもらうとわかりやすいが、バネを縮めて溜めた力を解放した後は、バネは伸びた状態であり、そのエネルギーは解放されたままであるのと同様、海溝型地震が発生したら、エネルギーが分散してしまい、内陸地震につながらないことはシミュレーションなどで判明していた。

では、太平洋プレート起因の場合は、というと、前述のように、4000万年前から移動速度も方向も(年に西に10cm程度)変わっていないため、300万年との差が生じてしまい、説明がつかない。

左が主要な平野や堆積盆地の形成過程、中央が山地の形成過程、右がハワイ諸島などの火山列の解析による太平洋プレートの運動方向や速度変化の調査結果。太平洋プレートは過去4000万年以上にわたって、運動方向や速度の変化は見られないという (資料提供:産総研/高橋雅紀)

一方、太平洋プレートが沈み込んでいるフィリピン海プレートは、北西に年間3-4cm程度の速度で移動しており、太平洋プレートと速度に差がある。ここで、プレートの沈み込み境界である「日本海溝」、「伊豆-小笠原海溝」、「南海トラフ」と、それらの3つの海溝が1点に会合する房総半島の東方沖にある、世界で唯一の海溝-海溝-海溝型三重会合点(三重会合点)を踏まえ、フィリピン海プレートだけをプレートの回転運動の回転軸(オイラー極)で回転(移動)させてみると、三重会合点で会合していた日本海溝と伊豆-小笠原海溝がずれることとなる。この現象そのものは、1969年より知られていた話だが、高橋研究主幹は今回、これを3次元的な断面図として検討を実施。

日本海溝と伊豆-小笠原海溝がずれるということは、西に移動している太平洋プレートも、三重会合点で切断され、プレートとプレートの境界で生じる横ずれ断層(トランスフォーム断層)が形成されなければいけないが、太平洋プレートの厚さは世界でもっとも厚いとされる90kmで、固いプレートとされていることから、断層が生じるような切断が起こることは考えにくく、かつこれまでのプレート上面で発生してきた深発地震も三重会合点周辺に連続的に分布しており、段差が見られないことも合わせると、三重会合点周辺では太平洋プレートは切断されていないという判断を下す必要がある。

そのため、今度は日本海溝と伊豆-小笠原海溝がずれないように考えると、フィリピン海プレートも移動できないこととなる。そこで、フォッサマグナ(大地溝帯)を境目に地質学でいうところの東北日本と西南日本に分け、東北日本をユーラシア大陸本体とは別に動けるように考えてみると、太平洋プレートが剪断されずにフィリピン海プレートも動くことができることが確認できたという。これは、東北日本の日本海東縁で東西短縮地殻変動が進行していることが、東北日本とユーラシア大陸との距離が縮んでいることを示すもので、両者が別個に運動しているためというところから得た着想となっている。

上段はフィリピン海プレートと太平洋プレートの動く方向性と、三重会合点の座標位置。下段はフィリピン海プレートが動いた場合、太平洋プレートが切断された場合、想定される結果。300万年の間、切断が続けば、トランスフォーム断層によるずれが約数十km生じるほか、その間、太平洋プレートも300km移動することとなる。つまり、太平洋プレートは300kmにわたって引きちぎられることとなるはずであるが、現実にはそうしたことは確認されていない (資料提供:産総研/高橋雅紀)

この結果、フィリピン海プレートがオイラー極を中心に移動すると、東北日本も引きずられるように西へ移動することにつながることが確認されたという。

「太平洋プレートが切断されないためには、日本海溝と伊豆-小笠原海溝が連続している必要があるため、日本海溝を伊豆-小笠原海溝に追随させ西に移動させるが、そうなると今度は日本海溝と東北日本が近づいてしまう。しかし、沈み込んだプレートの上面の深さが100kmほどになると、その真上に形成される火山フロントの変遷を見ると、300万年以降、その移動は10km以下であり、プレートの収束境界における海溝の陸側の大陸や島弧が削られる『テクトニック・エロージョン(造構性侵食作用)』の影響は低く、結果として、日本海溝が移動すると、東北日本も移動するという結論に至った」と高橋研究主幹は説明する。

三重会合点で切断されない場合、伊豆-小笠原海溝の移動に伴い、日本海溝も西に移動させる必要が生じる (資料提供:産総研/高橋雅紀)

日本海溝が西に移動したのに併せて、その移動量に匹敵する造構性侵食が生じた場合、火山フロントも海溝と一定の距離で西に移動したことが想定されるが、この300万年の間の移動は10km未満であり、そうしたことは起こっていないことがわかる (資料提供:産総研/高橋雅紀)

また、日本海は2000~1500万年ほどまえに拡大した海洋底で、厚さが30km以上の固いマントルで形成されており、東北日本が移動したとしても、日本海までもが移動することは考えづらく、東北日本の西への移動は、その日本海のマントルで止められる結果、東西に短縮され、特に日本海東縁は、マグマや火山活動により地殻が温められて変形しやすくなっているため、選択的に当該地域に変形が集まり、歪みの集中帯、地質学では秋田-新潟油田褶曲帯が形成されたものと推測されるという。

火山フロントと日本海溝の間は前弧と呼ばれ、その地殻は冷たい海洋プレートに冷やされて固くなったマントルの上にあるため、地殻変動の影響をほとんど受けないが、背弧と呼ばれる火山フロントの奥(後ろ)の地殻は固いマントルはなく、マグマなどにより温められており、変形しやすくなっている。しかし、その奥の日本海は固いマントルで形成されているため、必然的に、東西から押された歪みは柔らかい日本海の東端付近に溜められることとなる (資料提供:産総研/高橋雅紀)

実際に、高橋研究主幹は、同理論を説明するために、木工ボードの上に日本近海の地図を作成。オイラー極を軸に移動する各プレートと、日本海側と収束している東北日本)と西南日本に分けた本州の地図(列島全域は1つの変形しないプレートと仮定)を組み合わせた模型地図を作成。東北日本ブロックとユーラシア大陸側の相対運動のオイラー極(回転軸)は、サハリン北部に存在していることが判明しているので、そこを中心に回転させるようにしたところ、日本海溝と伊豆-小笠原海溝を連動させつつ、フィリピン海プレートが北西に移動すると、東北日本ブロックが西に移動することを太平洋プレートが切断されない条件のもと、確認できることを示した。

上段が300万年前の東北日本の位置、下段が現在の東北日本の位置。下段の写真に写ってる灰色の紙は東西からの力がかかる様子をイメージしやすくしたもの。ちなみに300万年前は東北日本と西南日本が分かれていたわけではなく、今回はあくまで東北日本の動きに注目したことから、このような形となったとのこと

これらの結果、高橋研究主幹は、西に移動しようとする東北日本の地殻は、日本海の固いマントルに阻まれるため、東西に短縮し、隆起する部分が発生するほか、押し戻す過程で地震が発生するという結論に至ったとする。「日本列島の東西短縮地殻変動は、太平洋プレートの運動そのものによるのではなく、太平洋プレートの沈み込み位置、つまり日本海溝の移動により、引き起こされている。さらに、日本海溝の移動を引き起こすのはフィリピン海プレートの運動であることも今回の研究から示され、これにより日本の内陸地震がどうして起こるのかが説明できるようになった」とのことで、内陸地震がどうして生じるのか、という原因に説明ができるようになったとする。

最初の画像にも出てきた東西からの力を受け地面が隆起するイメージ模型。左の平地の状態から、東西短縮により、右のように横幅は狭くなる代わりに地面が隆起する

こちらは三重会合点で切断が起きた場合を考える模型

なお、高橋研究主幹は、「いろいろと現象に名前をつけることで、多くの研究が進められてきたが、そうした命名すること自体がサイエンスの仕事ではない。"なぜ"、という疑問に答えることがサイエンス。今回の成果は、そうした意味では内陸地震が生じる機構の詳細を示せたという点で、答えを提供できた」と、今回の成果を強調しているが、さらなる研究にも意欲を示しており、今後、新たな研究成果を再び論文としてまとめ、公開をすることを目指したいとしている。

高橋研究主幹謹製の「日本列島地殻変動アナログ模型」。同氏のWebサイトにてダウンロードができる。旧来の太平洋プレートに起因する場合のモデルと、日本海溝が移動する今回の研究成果の場合のモデルの2種類が用意されている。写真の中の左側が今回のモデル、右側が従来のモデルで、新型モデルのほうはフィリピン海プレートが移動しても三重会合点が維持されたままであることがわかる(右側の写真参照)。説明がわかりづらい、という方はぜひ、このデータをダウンロードしていただき、自分で作ってみてもらえればと思う。アナログながら、5分もあれば誰でも作れて、かつ一目で、どういう仕組みなのかが理解できるようになると思う