6月26-28日にポルトガルのシントラで、ECB(欧州中央銀行)の年次フォーラムが開催された。テーマはずばり「セントラル・バンキング」、つまり中央銀行の運営に関するものだった。

このフォーラムには、欧州からだけでなく、世界の中央銀行関係者が参加した。そして、主要中央銀行の総裁が自国(地域)の金融政策について各々発言した(ただし、下のイエレン議長の発言はロンドンでの講演)。

すでに1年半前から4度の利上げを実施した米国のFRB(連邦準備制度理事会)のイエレン議長は、27日にロンドンで講演した。そこで、議長は「我々はゆっくりとした利上げが適切だとする立場を明確にしてきた」と述べ、利上げと債券再投資の縮小(=中銀バランスシートの縮小)という金融政策の正常化を漸進的に進める意向を改めて表明した。

主要中央銀行の中でFRBに次いで利上げが早いとみられていたBOE(英国中央銀行)は、昨年のブレグジット(英国のEU離脱)決定というサプライズもあって、今まで金融緩和を継続してきた。しかし今回、カーニー総裁は「(BOEが直面する)ジレンマが解消に向かえば、金融刺激をいくぶん取り除くことが必要になる可能性が高い」と述べ、利上げの議論が現実味を帯びてきたことを示唆した。6月中旬のMPC(金融政策委員会)では、金融政策の現状維持が5対3の僅差で決定され、反対票を投じた3人は全員が利上げを求めた。カーニー総裁の発言にはそのことも影響したのだろう。

ECBフォーラムの後、FRBやBOEが年内に利上げを実施するとの見方が、わずかながら優勢となってきた。

利上げが喫緊の課題となっているのは、BOC(カナダ中央銀行)だ。BOEは原油安を背景に2015年に2度の利下げを実施した。ポロズ総裁は、2週間前のインタビューで「(利下げは)役割を全うした」として利上げを示唆したが、今回も同じ趣旨の発言をした。このため、次回7月12日の政策会合でBOCが2010年以来の利上げに踏み切るとの見方が有力となっている。

フォーラムの主催者であるECBは金融緩和の縮小に対して慎重だ。ドラギECB総裁は、ユーロ圏の景気や物価に対して楽観的な見方を示す一方で、「金融緩和がなお必要」との従来の見解を繰り返した。ただ、「経済が改善するにつれ、金融緩和の調節が必要だ」とも語った。ECBは少なくとも年末まで現行の債券購入を続ける意向だが、市場は来年初からの債券購入の縮小が視野に入ったと受け止めたようだ。そして、来年6月に利上げに踏み切るとの見方も出てきた。

一方、日銀の黒田総裁にも発言機会があった。黒田総裁は、自身が就任した2013年4月以降の質的・量的緩和が経済に好影響を与えたとしたうえで、それが引き続き必要だとの見解を示した。非伝統的な金融緩和からの「出口の議論は時期尚早」との姿勢に大きな変化はないようだ。市場では、2018年末までを見据えても日銀が利上げを実施するとの見方はほとんどない。

以上の状況をレースに例えると、先頭を走るFRBに対して、BOEやBOCが追いかける展開であり、ECBは周回遅れ、日銀はさらに1周、あるいは数周の周回遅れと言えるかもしれない。

ECBフォーラムで浮き彫りになったのは、他の中央銀行の利上げ(金融緩和の解除)の観測が高まる局面では、日銀の「置いてけぼり感」が強まるということだろう。これはすなわち、為替市場においては円安圧力が強まり易い局面と言えるかもしれない。

執筆者プロフィール : 西田 明弘(にしだ あきひろ)

マネースクウェア・ジャパン 市場調査部 チーフエコノミスト。1984年、日興リサーチセンターに入社。米ブルッキングス研究所客員研究員などを経て、三菱UFJモルガン・スタンレー証券入社。チーフエコノミスト、シニア債券ストラテジストとして高い評価を得る。2012年9月、マネースクウェア・ジャパン(M2J)入社。現在、M2JのWEBサイトで「市場調査部レポート」、「市場調査部エクスプレス」、「今月の特集」など多数のレポートを配信する他、TV・雑誌など様々なメディアに出演し、活躍中。

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