今年に入って米国の長期金利(10年物国債利回り)がジリジリと低下している。昨年11月の大統領選挙でトランプ候補が勝利した直後に、長期金利は急騰した。トランプ候補が主張する減税やインフラ投資が実現すれば、経済成長率やインフレ率が高まり、FRB(連邦準備制度理事会)が利上げのペースを速める、あるいは財政赤字が拡大するとの見方があったからだ。いずれも、金利の上昇(=債券価格の下落)要因だ。

したがって、足元の金利低下は、減税やインフラ投資の実現性が後退したことを意味するのかもしれない。ワシントンでは「ロシアゲート」で騒がしい状況が続いている。トランプ大統領が議会を掌握しているとは言い難く、議会も減税やインフラ投資を盛り込む予算の編成にあまり熱心ではないようだ。

ただ、それだけでは長期金利の低下を説明しきれない。FRBは昨年12月に続き、今年3月と6月にも利上げを実施した。FRBはさらに、今年後半から来年にかけて複数回の利上げを想定している。

将来の予想を反映する傾向が強い長期金利が低下しているということは、FRBが想定通りの利上げを実施できない、あるいは近い将来に利下げに転じるとの市場の期待が高まっているのかもしれない。確かに、足元で、弱めの経済指標が増え、物価もやや下振れしているが、FRBはそれらを「一時的」と判断している。それとも、市場は中央銀行ですら知らない「何か」を知っているのだろうか。

2000年代半ばにも同様のことが起こった。2004年6月の利上げ開始以降、長期金利は低下した。6回計1.50%の利上げにもかかわらず、長期金利が低下したことに対して、2005年2月の議会証言でグリーンスパンFRB議長(当時)は「コナンドラム(謎)だ」と述べた。その後も11回計2.75%の利上げが行われたが、長期金利はほとんど上昇しなかった。そして、より重要なことに、その間にも住宅ブームによって景気は好調が継続したのだった(その後、2007年12月に景気は後退局面入り)。

当時の、米国を含む世界的な長期金利の低位安定は、アジア諸国や産油国を中心とした「世界の貯蓄過剰(global saving glut)」が背景にあったという説がある。現在、米国こそ金融政策の正常化を開始しているが、米国に追随する主要国はなく、日本やユーロ圏では「非伝統的」と呼ばれる極端な金融緩和が今も続けられている。やはり世界のカネ余りが長期金利低下の背景にあるのかもしれない。

加えて、米国の場合は2つの特殊な要因が長期金利の低下に影響している可能性がある。ひとつは、中国だ。昨年、中国は人民元の下落を抑制するために、米ドル売り人民元買いの介入を続けたものとみられる。結果として、中国は米国債を大量に売却した。しかし、今年に入って、人民元相場が安定しているなかで、中国は米国債の購入に転じているようだ。外国全体でみても、今年1-3月期に4四半期ぶりに米国債の取得超過に転じている。

もうひとつは、デットシーリング(債務上限)だ。債務残高が法定上限に達したので、米政府は公務員年金や州地方政府を対象とした非市場性国債を大量に償還している。通常の市場性国債は今も発行されているので、直接的には長期金利の低下要因とは考えにくいが、債券の需給面で何らかの影響を及ぼしているのかもしれない。 今後、米議会の予算審議において、減税やインフラ投資の行方が決まるだろう。また、景気や物価の鈍化が一時的かどうかも徐々に判明するだろう。外国からの米国債投資が昨年から今年初めにかけて見られたような急激な変化を繰り返すとは考えにくいし、デットシーリングはいずれ引き上げられるだろう。

そうしたなかで、長期金利低下の「謎」がある程度解けるのかもしれない。

執筆者プロフィール : 西田 明弘(にしだ あきひろ)

マネースクウェア・ジャパン 市場調査部 チーフエコノミスト。1984年、日興リサーチセンターに入社。米ブルッキングス研究所客員研究員などを経て、三菱UFJモルガン・スタンレー証券入社。チーフエコノミスト、シニア債券ストラテジストとして高い評価を得る。2012年9月、マネースクウェア・ジャパン(M2J)入社。現在、M2JのWEBサイトで「市場調査部レポート」、「市場調査部エクスプレス」、「今月の特集」など多数のレポートを配信する他、TV・雑誌など様々なメディアに出演し、活躍中。

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