中国の研究チームは、人工衛星内で生成した量子もつれ光子のペアを、地上に設置した2箇所の受信基地に送る「量子もつれ光子対配送実験」に成功したと発表した。

人工衛星「墨子」から遠く離れた地上の2地点に向けて量子もつれ状態の光子を送った(出所:中国科学院)

これまで報告されていた量子もつれ光子対配送実験は光ファイバーを利用するもので、配送距離は数百kmのオーダーだった。今回の実験では1200km離れた2地点に量子もつれ状態の光子を届けることに成功しており、配送距離は従来から1桁伸びたことになる。宇宙空間を使った量子通信技術を実証した点でも注目される。研究論文は科学誌「Science」に掲載された。

2016年8月に打ち上げられた人工衛星「墨子」の内部で量子もつれ状態の光子対を生成し、この光子のペアの一方をデリンハ(青海省)、もう一方を麗江(雲南省)の受信基地に送った。人工衛星は地上から500km上空の宇宙空間にあり、デリンハと麗江の受信基地は1203km離れている。量子もつれ光子対の配送距離としては過去最長となる。

宇宙空間は真空であり、吸収やデコヒーレンス(外部環境との相互作用で量子重ね合わせ状態が壊れる現象)がほぼないため、量子通信には理想的な環境であるといえる。ただし、地上の基地と通信を行う場合には、光子が大気圏を通過するため、大気による散乱、吸収といった影響が問題となる。また、量子もつれ状態の光子は、古典的な信号増幅もできないため、人工衛星による通常の通信と比べると技術的難易度は高くなる。

論文によると、人工衛星内で生成された量子もつれ状態の光子対は、波長810nmの光子ビームとして地上の2箇所の受信基地に向けて送られる。このとき、ダイクロイックミラー(特定波長の光を反射し、その他の波長は吸収する鏡)を使って、同期用のパルス赤外レーザーと追跡用のビーコンレーザーもいっしょに送る。レーザーの方向位置決めには、2軸回転盤、カメラ、高速ステアリングミラーを用いる。

地上の受信基地では、追跡用のビーコンレーザーを利用して光子ビームを捕捉し、同期用および追跡用レーザーから分離して、単光子検出器で検出する仕組みであるという。

離れた場所で同時に測定された2つの光子が量子もつれ状態にあるかどうかは、測定結果の相関性を表す量(Sパラメータ)を調べることで判定する。Sの値が2より大きくなる場合には「ベルの不等式の破れ」が確認されたことになり、2つの光子のあいだに量子力学的な相関性があったことになる。今回の実験では、S=2.37±0.09という値が得られたため、人工衛星から地上の受信基地までの行程を通して量子もつれの状態が保存されていたと結論された。

量子もつれ粒子の配送は、量子暗号通信などで利用される基本的な技術。人工衛星を利用して遠隔地へ量子もつれ粒子を配送できることを実証した今回の実験は、今後の量子通信技術の進展に大きな影響を与えるとみられる。