名古屋大学は、吸血した蚊からのDNA分析による個人識別及び吸血後の経過時間推定がどの程度可能かについて明らかにしたと発表した。

各吸血後経過時間の実体顕微鏡像例 上段がアカイエカ、下段がヒトスジシマカ (a)無吸血、(b)吸血終了直後、(c)吸血後24時間経過、(d)吸血後72時間経過(出所:名古屋大学プレスリリース)

同研究は、名古屋大学大学院医学系研究科の廣重優二研究生、山本敏充准教授、 石井晃教授らの研究グループと、埼玉医大、岐阜大学、大阪医科大学及び大日本除蟲菊中央研究所との共同研究によるもので、同研究成果は米国東部時間6月15日付けで米国科学誌PLOS ONE電子版に掲載された。

吸血蚊からヒト由来のDNA型を判定できるかについては、国内では自身に蚊を吸血させて型判定を行った事例的研究が発表されており、国際的にも、蚊からDNA型判定をした症例報告の学会発表が行われているが、系統的な研究は未だみられていない。一方、血液による個人特定については、多色の蛍光標識プライマーを用いて型判定するマルチプレックス法のキットや、低分子化したDNA試料にも対応できるキットを使用することにより、対照となる試料やデータがあれば、一卵性双生児を除き、ほぼ100%の確率で個人を特定することが可能になってきている。また、マルチプレックス法では、鋳型DNAの低分子化の程度により、型判定される座位数が異なるため、型判定される座位数からある程度、経時変化を推察することが可能となっている。

そこで同研究では、吸血後の蚊の内部での人血の消化状態による ヒトDNAの低分子化状態の違いを利用して、吸血後経過時間のある程度の推定を行うと同時に、個人識別の可能性について検討した。このような経過時間の推定や個人識別が手法的に確立されれば、犯罪現場での犯人や犯罪に関係した人の特定、犯行時間の推定のひとつの材料としての重要性が高まり、犯罪抑止という点でも「蚊にも刺されてはいけない」といったDNA鑑定への畏怖感を感じさせることにつながるため、社会的な貢献度は非常に高いと考えられるという。

被検者計7名について、卵から専用飼育箱にて飼育された蚊(アカイエカ・ヒトスジシマカ)を一匹ずつ、透明な円形プラスチックカップに入れ、開放部を薄手のパンティストッキングで覆い、パンスト部分を各被験者の腕に当て、蚊がパンストを通して十分吸血した段階で、腕からそのカップを離した。そのままパンスト部を、パットに置かれたショ糖溶液で湿らせたガーゼ片にかぶせ、設定された経過時間(0、1、2、3、4、6、8、12、18、24、36、48、72 時間)後に、そのカップをジエチルエーテルで飽和したビニール袋内に入れ殺虫した。その後、直ちに実体顕微鏡写真を撮影したところ、2種の蚊とも、時間経過と共に腹部の吸われた血液が次第になくなり、腹部の先端から徐々に卵巣(白い部分)が成熟していき、72時間経過では、ほぼ全て血液が消化され、腹部が卵巣に占められていることがわかる。

また、各吸血蚊をQIAamp DNA Microキットに付属のATL緩衝液内で、ピペットのチップの先でよく破 壊した後、キットのプロトコールに従ってDNA抽出を行った。吸血後の各経過時間における各増幅産物Q41・Q129・Q305の濃度は、アカイエカでもヒトスジシマカでも、次第に減少し、72時間後には検出されなくなった。また、アカイエカでは、定量値比Q129/Q41は、48時間まで約1.0とほぼ一定であったのに対し、定量値比 Q305/Q41及びQ305/Q129は約0.7だった。一方、ヒトスジシマカでは、定量値比Q305/Q41及びQ305/Q129は36時間経過において1.0から0.7及び1.0から0.8にそれぞれ次第に減少し、各定量値比は48時間経過後には、いずれも約0.4となった。なお、吸血直後から6時間経過まで、アカイエカでは変動が大きく、ヒトスジシマカでは、比較的安定した定量値が得られたという。

以上の結果から、個人識別をするためのSTR型判定は吸血後2日経過まで可能であること、また、得られた定量値、定量値比、型判定数、ピーク高比から総合的に判断して、吸血後、半日単位で経過時間推定が可能であることが示唆された。また、現在は、蚊が男女ひとりずつから吸血した場合を考え、Y染色体上のSTR 型についても同様の実験を重ねているという。今後は、例数を増やして精度を上げると共に、あまり低分子化が進んでいない状態におけるDNAの分解の程度(クオリティ)がわかる定量方法を考案し、数時間単位で吸血後の時間経過が推定できる方法の確立に努めたいと考えているということだ。