学習院大学は、「スパイダーマン」のように動く微生物の運動とその制御メカニズムを明らかにしたと発表した。

運動様式の模式図。左上は一般的なバクテリア べん毛による回転。左下はIV型線毛による「糸」の伸縮。右側は伸縮より達成される細胞の一方向的な運動の模式図。(出所:学習院大学プレスリリース)

同研究は、学習院大学理学部の⻄坂崇之教授らの研究グループによるもので、同研究内容は、「米国科学アカデミー紀要」において、原著論文として発表された。

「バクテリア」はもっとも単純な生命体のひとつであり、大きさは1ミリの1000分の1程しかないが、動く仕組みに注目すると、実に多様で複雑な様式を発達させていることが知られている。一般的なバクテリアは、「べん毛」と呼ばれる繊維構造をイオンの流れを使って回転させることで水中を泳いでいる一方で、べん毛を持たないバクテリアについては運動する能力を持つことが知られていたが、その詳細な仕組みはこれまで明らかになっていなかった。

同研究グループは、世界中で広く研究されているラン藻の一種のシネコシスティスに注目。これまでの研究から、細胞の表面には、IV型線毛と呼ばれる糸状の構造物が生えており、これは固体表面を運動するために重要な構造であることが知られていたが、この「糸」の細さは8ナノメートルしかなく、この繊維がどのように運動に使われているのか、その動きを直接観察することは容易ではなかった。そこで、線毛よりも厚みがあり、明るく光る微小なビーズを目印として線毛に付着させることで、その動きを検出することににより、細胞が自身の線毛繊維の伸⻑・収縮を繰り返す様子を撮影することに成功した。これは「スパイダーマン」 が糸を伸ばしたり、手繰り寄せたりする様子とよく似ており、自身の体⻑の数倍程度のテリトリーの中で、1分間に10本程度の糸を毎秒0.3-0.8ミクロンの速さで伸縮していたということだ。さらに、同研究グループはアビジンという生物工学用途で汎用されるタンパク質が、IV型線毛に特異的に結合することを発見。蛍光色素で標識したアビジンを用いることで、線毛1本1本を画像化することができた。 線毛の⻑さや本数は、電子顕微鏡観察の結果や、動態計測の結果とも一致していた。

線毛の蛍光顕微鏡像。左は通常の観察法、右はあたらしい標識法。同一の細胞を見ている。(出所:学習院大学プレスリリース)

左側から強い⻘色光をあてた場合の線毛伸縮。左図は線毛の動態計測、右図は線毛の蛍光標識像。(出所:学習院大学プレスリリース)

また、以前から、細胞は光に対して応答することが知られていたため、細胞の横方向から⻘色光を照射することで「糸」がどのようにふるまうかを検証した。結果、太陽の直射日光程度の光強度に応答して、糸の伸縮方向を光で制御することができたという。例えば、左側から強い⻘色光をあてると、細胞は光源から逃げるように、右側にIV型線毛伸ばし、伸縮を活性化させる。これは「光の向き」を検出して、その情報を糸に伝達し、自身の動きを制御する、という細胞の意思決定過程であるようにも見ることができる。一般的に、光の方向を認識する生物は真核生物であるため、その体⻑はバクテリアの何倍もの大きさで、目のような器官も持っている。それに対してバクテリアは、光の波⻑程度の大きさであり、目のような構造物は存在しない。同研究は、単純な生命体であっても高度な情報処理が可能であることを証明したことになるが、光の向き認識に要する時間は1分と遅く、バクテリアの光の向き認識は、真核生物のそれとは本質的には異なる可能性もあるという。

今回の研究により、一般的なバクテリアの運動様式であるべん毛の「回転」とは対照的に、IV型線毛はその「伸縮」で運動することが明らかとなった。伸縮による運動様式は、緑膿菌や淋菌では、病原性と関わりがあることが知られているが、その理解は十分とは言えず、同研究成果は「糸」を持つ病原性細菌の理解やその制御といった医⻭薬学分野での応用にもつながる可能性があるということだ。