京都大学は、脊椎動物に進化的に近いホヤの眼で機能する光センサー(光受容タンパク質)を解析することにより、ヒトの高度な視覚機能を支える光センサーがどのように進化してきたのかを実験的に明らかにしたと発表した。

視覚を担う光受容タンパク質のシグナル増幅効率の上昇が、脊椎動物の眼が劇的に進化することの一因になったと考えられる。赤丸は脊椎動物の光受容タンパク質の高いシグナル増幅効率に必要なアミノ酸残基。⻘丸は従来機能していたアミノ酸残基。(出所:京都大学プレスリリース)

同研究は、京都大学理学研究科の七田芳則名誉教授(現・立命館大学客員教授)、山下高廣助教、小島慧一研究員(現・岡山大学特任助教)、甲南大学の日下部岳広教授らの研究グループによるもので、同研究成果は、5月22日に米国科学アカデミー紀要オンライン版にて発表された。

ヒトなど脊椎動物は明るい場所でも暗い場所でも周りの環境を捉えることが可能だが、この高度な視覚機能を支えているのは、網膜の視細胞で機能しているロドプシンに代表される光受容タンパク質である。これまでの研究で、ヒトなど脊椎動物が持つ光受容タンパク質は、脊椎動物の先祖型のものに比べて光情報の増幅効率(シグナル増幅効率)が非常に高いことが分かっていた。また、この性質は脊椎動物の光受容タンパク質が分子進化の過程で特別なアミノ酸残基を獲得したからであると報告していたが、このアミノ酸残基がどのような過程で獲得され機能するようになったかは明らかではなかったという。

同研究グループは、脊椎動物に最も近縁な無脊椎動物であるホヤ(カタユウレイボヤ)に注目した。カタユウレイボヤは、成体では海底に付着しているが、幼生の段階では海中を遊泳し、光環境の変化で幼生の動きが大きく変化する。幼生は、光受容細胞を含む眼点を持ち、そこで機能する光受容タンパク質が明暗による行動の変化に関わることが分かっていた。

このホヤの光受容タンパク質を調べたところ、光受容タンパク質が高いシグナル増幅効率を示すために重要なアミノ酸残基を既に獲得していることがわかった。また、無脊椎動物の光受容タンパク質で従来機能しているアミノ酸残基も同時に機能していることが判明した。そこで、進化の道筋を戻すような形で、ホヤの光受容タンパク質が新たに獲得したアミノ酸残基を人為的になくした変異体を作製したところ、無脊椎動物の光受容タンパク質と同様の光反応を示した。また、逆に進化の道筋を進ませるような形で、従来機能しているアミノ酸残基をなくしたところ、脊椎動物の光受容タンパク質と同様の光反応を示した。しかし、この変異体でもシグナル増幅効率は脊椎動物の光受容タンパク質のレベルまでは大きくならず、タンパク質構造のさらなる変化が必要であることもわかった。

つまり、ホヤの光受容タンパク質は、進化の過程でシグナル増幅効率を上げるために必要な新規のアミノ酸残基を獲得しているが、まだ、完全な意味で脊椎動物の光受容タンパク質のようにはなっていないと分析できる。ホヤは、ヒトなど脊椎動物のように発達した眼は持っていないが、分子のレベルでは高度な視覚機能を進化させるための準備を既に始めている、と言えるということだ。