東京大学は、同大学大学院工学系研究科の宗田伊理也特任研究員(当時)、大矢忍准教授、田中雅明教授らの研究グループが、物質中の電子のエネルギー帯構造を制御する手法であるバンドエンジニアリングを用いて、強磁性薄膜内の磁化の向きやすい方向(磁化容易軸)を人工的に制御する新しいコンセプトを提唱し、実際にそれが実現可能であることを実証したと発表した。この研究成果は5月22日、英国の科学雑誌「Nature Communications」に掲載された。

量子閉じ込め効果の強さの変調と磁化容易軸の対称性の変化(出所:東京大学Webサイト)

IoT/IoE社会では、電子デバイスのさらなる低消費電力化が求められており、スピントロニクスは強磁性体の磁化がもつ不揮発性を利用して電子デバイスの低消費電力化の実現を目指す重要な研究分野となっている。

しかし、現在、磁化を反転させる時に必要な電力が大きく、その消費電力が問題となっており、強磁性を示す材料内の磁化容易軸を人工的に制御することができれば、消費電力を大幅に低減できると期待されている。

研究グループが用いたのは、非常に薄い強磁性薄膜からなる量子井戸と呼ばれる構造。量子井戸層の膜厚が薄ければ薄いほど、より強く量子効果が働き、電子や正孔が強く量子井戸薄膜内に閉じ込められる。そこで、半導体でありながら強磁性を示すユニークな強磁性半導体GaMnAs(Ga:ガリウム、Mn:マンガン、As:ヒ素)を用いて、膜の厚さが異なり量子閉じ込め効果の強さの異なるGaMnAs量子井戸を有する様々なトンネルダイオード素子を作製した。

磁化をさまざまな方向に向けた状態でトンネル電流を測定したところ、電圧(正孔のエネルギー)の変化に対して磁化容易軸の方向(厳密には状態密度の磁化方向依存性の対称性)が大きく変化することを初めて見い出したという。また、量子井戸膜厚が薄く量子閉じ込め効果の強い素子ほど、この現象が顕著に現れることが明らかになった。

この研究は、半導体で培われてきたバンドエンジニアリングの概念を強磁性体に応用したユニークな例であり、新しい磁化の制御方法の実現と、それによる電子デバイスの低消費電力化につながることが期待されるとしている。

田中教授は、「磁化容易軸の制御手法と電界効果を組み合わせることによって、より低い消費電力で磁化を操作できる新しい可能性が生まれると期待しています。バンドエンジニアリングによる磁性の制御は、ほとんど研究が行われていない未開拓の分野であり、今後、さらなる新たな展開が期待されます」と述べている。

また、実験を担当した宗田特任研究員は「別のテーマの実験をしている時に偶然発見しました。どんな現象が起きているか、注意深く実験と考察を重ねることで、非常に明確で系統的な結果を導き出すことができました。また今回の研究により強磁性半導体の新しい可能性を引き出すことができたと考えています」と語っている。