奈良先端科学技術大学院大学は、肺組織に存在する白血球の一種で感染防御などの役割がある食細胞の肺胞マクロファージについて、その細胞の分化と代謝を制御することが、喘息の抑制に重要な役割を果たしていることを明らかにしたと発表した。

同研究は、奈良先端科学技術大学院大学バイオサイエンス研究科の川﨑拓実助教、河合太郎教授らの研究グループによるもので、同研究成果は、5月22日に雑誌「The EMBO Journal」オンライン版に掲載された。

肺胞洗浄液及び肺組織中の肺胞マクロファージの割合。細胞表面マーカーである抗Siglec-F抗体と抗CD11c抗体で免疫染色を行った(出所:奈良先端大プレスリリース)

マクロファージは、肺、脾臓、肝臓などの各組織に存在し、それぞれの組織で異なる機能をもっていることが知られている白血球の一種で、肺に局在している肺胞マクロファージは、肺での感染防御やアレルゲンの除去、肺組織の恒常性維持といった機能を担っている。しかし、その分化や生体内での制御は不明な点があったという。

イノシトールリン脂質は、イノシトール環という環状構造とアシル鎖という鎖状構造からなり、細胞膜などに含まれている生体内の微量な脂質の一種。その役割は、イノシトール環のどの部分がリン酸化されるかにより異なり、今回の同研究において材料となった"イノシトールリン脂質"の代謝酵素の一つである「PIKfyve」は、イノシトールリン脂質の環状の炭素の並び順の5位(5番目)の部分を特異的にリン酸化する酵素となっている。同研究では、生体内のマクロファージにおけるPIKfyveの役割を明らかにするため、その酵素がマクロファージに特異的に欠損したマウスを作製し解析を行った。

同研究チームが、各組織におけるマクロファージの割合を調べたところ、脾臓、骨髄、肝臓、腹腔内においては、野生型マウスとPIKfyve欠損マウスの間で、マクロファージの割合に変化は無かった。ところが、肺では、肺胞マクロファージの割合がPIKfyve欠損マウスにおいて減少していたという。肺胞マクロファージは、胎生期に肺組織に移入した単球もしくは未分化マクロファージが、成長に伴い分化、成熟することが知られている。

そのため、出生直後、3日後、3週間後、6週間後と成長の各段階にあるマウスより肺を摘出し、肺胞マクロファージの発生及び分化過程を調べた結果、PIKfyve欠損マウスでは肺胞マクロファージが未分化な状態のままであることがわかった。

次に、PIKfyve欠損による肺胞マクロファージの分化の阻害が、どのような理由で引き起こされているかを検討した結果、肺胞マクロファージの維持に必須な増殖因子のひとつである顆粒球単球コロニー刺激因子(GM-CSF)について、その因子により活性化されるはずの細胞内情報伝達経路が阻害されていることがわかった。

肺組織の切片画像。野生型とPIKfyve欠損マウスにダニ由来成分を感作することで喘息を誘導したところ、PIKfyve欠損マウスで免疫細胞の浸潤を伴う強い炎症像が確認された。(出所:奈良先端大プレスリリース)

また、このPIKfyve欠損による未分化な肺胞マクロファージがどのような生体防御、恒常性維持に影響を与えているかを検討するため、ダニ由来抽出分をマウス鼻腔から投与することにより喘息を引き起こす実験を行った。その結果、PIKfyve欠損マウスでは炎症が亢進しており、喘息を引き起こしやすくなることが明らかとなった。

さらに詳細な解析から、PIKfyve欠損による未分化な肺胞マクロファージでは、成長や発達に関わるビタミンAの代謝物であるレチノイン酸の産生が減少しており、その結果、炎症抑制機能を持つ制御性T細胞(Treg)というリンパ球の肺内への誘導ができず、炎症が増悪化し、喘息様の病態を示すことか明らかとなった。

本来、成熟した肺胞マクロファージはレチノイン酸を放出することでTreg細胞を誘導し、炎症を抑制している。一方、PIKfyve欠損マウスでは、この抑制が適切に働かずダニ成分により喘息様の症状を引き起こす。(出所:奈良先端大プレスリリース)

同研究により、生体内の微量のリン脂質の一種、イノシトールリン脂質の代謝酵素であるPIKfyveが肺胞マクロファージの分化を制御していることが明らかになった。また、マクロファージのイノシトールリン脂質代謝が慢性炎症の制御に重要な役割を果たすことが示され、イノシトールリン脂質代謝を制御することで喘息などの慢性炎症を抑制できる可能性が見い出されたということだ。