がん転移を予防抑制するホルモン-副作用の少ない転移予防薬の実現に期待

国立循環器病研究センターは、心臓から分泌されるホルモンである心房性ナトリウム利尿ペプチド(ANP)の投与により様々な種類のがんの転移を予防・抑制できること、また、そのメカニズムについて明らかにしたと発表した。

同研究の概念図(出所:国立循環器病研究センタープレスリリース)

同研究は、国立循環器病研究センターの野尻崇研究室長、寒川賢治理事らと、 国際電気通信基礎技術研究所の河岡慎平主任研究員ら、東京大学および大阪大学との共同研究によるもので、同研究成果は、米国東部時間5月25日に科学誌「Oncotarget」のオンライン速報版で公開された。

ANPは、現在心不全に対する治療薬として臨床で使用されている心臓ホルモンで、これまでに同研究グループでは、肺がん手術の際、手術中より3日間ANPを投与することによって、術後合併症だけでなく肺がんの再発を予防できることを明らかにしてきた。再発予防のメカニズムとして、ANPが血管内皮細胞のEセレクチンという接着分子の発現を抑え、がん細胞が血管に接着するのを防ぎ、その結果、がんの再発を防いでいるという。そこで、同研究グループは、マウス乳がんと大腸がんモデルを作製し、ANP投与群と対照群に分けて4週間観察したところ、がん病巣の大きさには変化がなかったものの、肺転移個数はANP群で明らかに少ない結果となった。

また、乳がん細胞をマウスに移植すると数週間で血行性肺転移が起こるが、肺転移が生じる前には転移先に様々な炎症が生じる"転移前土壌形成"と呼ばれる現象が観察される。そこで、同研究グループは、約2万種類の網羅的遺伝子解析を行い、肺の遺伝子発現変化として捉えられる転移前土壌形成に対するANPの効果について検討した。結果、がん移植後7日目のマウスの肺では、主に炎症に関わる様々な遺伝子発現が増加し、転移前土壌の形成が認められたが、ANPを投与することにより、この増加を広く抑えることができた。しかし、がんを持たない正常なマウスにANPを投与しても、肺の遺伝子発現を大きく変える作用はなかったという。このことから、ANPは正常な肺を傷つけず、がんによる肺へのストレスを防ぐ"がんストレス緩和ホルモン"としての機能を持つと考えられるということだ。

また、ANPの受容体遺伝子(GC-A)を血管内皮細胞で特異的に過剰に発現させたマウスを用いた実験が行われた。同マウスでは、ANPの作用が増強される為、ANPを薬理的に投与したことと同様の効果が見られることが知られている。すると、血管内皮細胞を介したANP経路の活性化は、がんを持たない状態の肺の遺伝子発現にはほとんど影響せず、がんがある場合でのみ、がんによる遺伝子発現の変化を広く抑える効果があることがわかった。また、ANPを外から投与した場合と、ANPが血管にだけ効くマウスの遺伝子発現変化について比較したところ、両群の効果がほぼ一致していたことから、ANPは、血管を介して"がんストレス緩和ホルモン"としての効果を発揮したことがわかったという。

以上まとめると、今回の研究では、ANPが「正常な肺に悪影響を及ぼさないこと」、「がんによるストレスを特異的かつまんべんなく抑制できること」、「 がんストレス緩和作用は、主に血管を介した作用であること」の3点が明らかとなったということだ。

今回の研究では、もともと体内に持っているホルモンの働きを増強することで、がんストレスを緩和できる可能性が示唆された。また、ANPによるがんストレス・転移緩和効果は、様々な種類のがんに対して発揮されることも示されたため、今後多くのがん治療へ応用されることが期待される。また、ANPは1995年の発売以来、数十万人の心不全患者に使用されているが、重篤な副作用は知られておらず、副作用の強い従来の抗がん剤よりも使用しやすい点が大きな利点となっている。ANPを転移予防薬として役立てる臨床研究は、国立循環器病センターが主導する形で積極的に推進されており、既に500名の肺がん手術を対象として進行されている。今後は、様々ながんで臨床研究が実施予定となっているということだ。



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