東京大学(東大)は5月16日、印刷できる伸縮性の配線で、元の長さの5倍の長さに伸ばしても世界最高クラスの導電率(935S/cm)を達成したことを発表した。

同成果は、同大大学院工学系研究科の松久直司 博士と同 染谷隆夫 教授、理化学研究所 創発物性科学研究センターの橋爪大輔 ユニットリーダー、同 井ノ上大嗣 技師らによるもの。詳細は5月15日付け(英国時間)に英国科学誌「Nature Materials」のオンライン速報版に掲載された。

近年のウェアラブルデバイスの実用化に伴い、身体に接触する電子デバイスは、伸び縮みし、人間の運動を阻害しない柔らかい素材上にセンサを形成することが可能な伸縮性エレクトロニクスの発展が求められている。染谷教授の研究チームも、2008年に導電率57S/cm、伸張率40%の伸縮性導体を発表して以降、開発を継続してきており、2015年には導電率182S/cm、伸張率215%を実現したほか、筋電センサと有機トランジスタで作成したアンプを組み合わせることで、筋電信号を18倍に増幅できることを確認していた。今回の研究成果は、さらなる実用化に向けた性能向上のための取り組みによるもので、伸張率400%の際の導電率935S/cmを実現した(伸張前は4972S/cm)。

これまでの研究成果の進展状況

想像外の発見から、伸縮性エレクトロニクスの未来を創出

具体的に今回の導電性ゴムを実現する伸縮性導体インクは、4種類の材料(「銀フレーク」「フッ素ゴム」「フッ素系界面活性剤」「有機溶媒」)で構成され、これを配線として印刷、加熱乾燥させると完成となる。この手順は2015年の発表と同じである(材料は今回の研究に最適化を図ったものに変更)。

今回の導電性ゴムを構成する4種類の材料の概要(左)と実際のペースト(右) (資料提供:東京大学)

銀フレークが界面活性剤とフッ素ゴムの内部に散らばることから、2015年当時、染谷教授は、なぜ伸長率が200%を超えても高い導電率を維持できるかのメカニズムについて、「塗布後の乾燥の際に、界面活性剤の作用により布地の表面に銀が析出し、銀同士の導電性ネットワークを自己形成することで、導電性が向上したのではないか」と説明していたが、その後、松久氏が性能向上に向け、素材の配合条件を変更して研究を進めていたものの、何度やっても上手くいく条件が見つからなかったという。そこで、今回の成果につながったのが、透過型電子顕微鏡(TEM)や走査型電子顕微鏡(SEM)を用いた観察の専門家である理研の橋爪氏や井ノ上氏の存在となる。松久氏は、素材の様子を確認しようと橋爪氏らに相談。実際に作業と行った井ノ上氏は、当初、銀フレークの様子を観察していたものの、対象の断面に銀イオンが多量に存在していることを確認(TEMは対象を観察前に切断するなどで、薄くする必要がある)。真空中でビームを用いた切断した際にイオンが生じ、それが付着したものかと思っていたが、何度やっても似たような症状が生じ、作業手順がおかしいのか、と思い、SEMでの測定に変更。一度、大気に被爆された状態となった測定対象物でも銀イオンが存在していることから、自身の作業ミスではないことを確信。松久氏とともに、銀フレークがない領域の測定を行ったところ、そこに大量の銀ナノ粒子が生じていることを発見したという。

銀ナノ粒子を撮影したTEM画像 (資料提供:東京大学)

さらに解析を進めた結果、フッ素ゴムと界面活性剤中に銀フレークの表面に形成された酸化銀皮膜から銀イオンが析出。それが加熱されると、銀イオンから平均粒経8nm程度の銀ナノ粒子へと変化することを確認。驚くことに、銀ナノ粒子同士の距離も約3nm程度と、電気が流れやすい距離に自然と形成されていることを確認したという。この機構について、松久氏は「まったく想像していなかった」としており、井ノ上氏や橋爪氏など、適切な能力を持った第三者の知見が合わさったことで成し遂げられた発見と言える。

銀ナノ粒子の生成メカニズム(左)と、今回の技術を用いた場合と銀ナノ粒子を初めから採用した場合の性能比較(右) (資料提供:東京大学)

ちなみに、もとより銀フレークではなく、銀ナノ粒子を入れて制御すればよいのではないか、という疑問もあるが、染谷教授によると、「銀フレークは銀ナノ粒子に比べて価格は1/9~1/10程度で、限りなく地金に近い。また、元から銀ナノ粒子の場合、凝集などの問題があり、サイズが今回のものよりも大きくなってしまう」とのことで、性能としても、コストとしても、銀フレークを用いたほうがよい、という結論に至ったとする。

また、界面活性剤の化学構造を変化させると、自然形成される銀ナノ粒子のサイズが変化することも確認しており、導電率をコントロールできる可能性もあるという。 なお、今回開発された導電ゴムは伸張率5-10%程度であれば、1000回でも高い導電性を保つことを確認しているほか、伸張率50%程度でも100回ほどであれば高い導電性を保つことを確認しているという(伸張を繰り返すと抵抗が上昇していく)。また、イオン化したのちに還元することで析出ができる材料であればこの原理は応用が可能とのことで、銅などにも適用できる可能性がでてきたほか、ゴムではなく、樹脂中に銀フレークを入れて、導電性を持たせる、といったことにも使える可能性があるという。

今回の技術を用いて作成された導線。伸びきるとLEDが点灯しなくなるが、縮めるとまた光りだす

残された実用性に向けた課題は?

伸張率が400%(元の5倍)でも高い導電率を維持でき、かつ印刷法などによるセンサとも組み合わせが可能な同技術だが、染谷教授は「導電性と伸張性については、実用で求められるかなりの性能を実現できたが、まだ若干、実用化に向けた課題が残されている」としている。

圧力センサと伸縮性導体、LEDを統合した布製手袋の概要

1つは上述の繰り返しの耐久性の向上で、これについては、「改善できると考えている」と、道筋が見えているようだ。そしてもう1つが洗濯性の向上。2015年の発表の際は、界面活性剤が抜けて行ってしまい、柔軟性が落ちてくるという問題があったが、その点については、界面活性剤の量を減らすことで、解決されつつあるとするが、ゴムに水が触れると酸化還元反応により、銀ナノ粒子が出てきてしまう、という問題があるとのことで、耐水性の向上が必要としている。また、システムを構築することを考えた場合、電力供給をどのように実現するのか、無線通信をどのようなもので実現するのか、といった周辺技術を検討していく必要もあるとのことで、今後、そうして点も含めた研究を進めていく必要があるとしている。

布製手袋を用いたデモの様子。ボールを握ると、圧力でLEDが点灯する。写真の人物は東大の松久直司 博士