東京大学生産技術研究所は、植物を経由した蒸散とそれ以外の蒸発を定量的に見積もる手法を開発し、全世界からの植物由来の蒸発量を把握したと発表した。

試験水田に設置した水安定同位体比連続観測システム全景。左側の装置が水蒸気同位体比測定装置で、写真中央付近の水田内に設置された柱から水田上空の水蒸気を装置に送り込み、2秒に一度の間隔で水蒸気同位体比を測定する。右側の装置は降水サンプラーで、降水が検出されたときのみ上部の蓋が開き、一定時間ごとの降水を内蔵した16本のボトルに分けて採取する。採取した降水は実験室に持ち帰って同位体比の分析を行う。(出所:東京大学生産技術研究所プレスリリース)

同研究は、東京大学生産技術研究所(大気海洋研究所兼務)の芳村圭准教授、元東京大学新領域創成科学研究科博士課程(現イエール大学ポストドクトラル研究員)の魏忠旺氏、農業・食品産業技術総合研究機構農業環境変動研究センターの金元植上級研究員、小野圭介主任研究員らの研究グループによるもので、同研究成果は雑誌「Water Resources Research」、「Journal of Hydrology」、「Geophysical Research Letters」に掲載された。

近年の地球温暖化に代表される気候変動をより正確に予測する上で、地球水循環の詳細の理解は必須である。陸上からの蒸発散量のうち、植生を経由する蒸散量と土壌や水面からの蒸発量の割合(蒸散寄与率)は、地球水循環を理解するうえの基本的な事項であり、特に、将来気候の予測や光合成を介した炭素循環に大きな影響を与えるものであるにもかかわらず、未だ十分理解されているとは言えず、理解の向上は喫緊の課題 であった。

一方、水の安定同位体比(δ18OとδD;)は、蒸発や凝結など水の相変化に対して敏感であり、相変化を伴う水循環過程の理解向上への利用に適した指標である。特に、植生の気孔から蒸散する水蒸気の同位体比と、土壌や水面から蒸発する水蒸気の同位体比とでは、蒸散・蒸発の元となる水は同じでも、値が異なることがわかっているため、この特徴を利用し蒸散と蒸発の分離が可能となる。しかし、観測現場での水蒸気の同位体比測定が困難であったため、高頻度かつ長期的な蒸散寄与率の推定はこれまで行われてきていなかったという。しかしながら、近年の技術進歩により、レーザー分光技術を用いて水蒸気の同位体比が高頻度で測れるようになり、地表面から大気に向かって発せられる蒸発散の同位体比が高頻度にでも測れるようになった。

全球陸域での蒸散寄与率の分布。砂漠地帯を含む赤い地域では蒸散寄与率が小さく、熱帯雨林や針葉樹林帯を含む緑の地域では大きい。(Wei et al., 2017より)(出所:東京大学生産技術研究所プレスリリース)

そういった背景のもと、同研究グループは、試験水田に新たに開発した水安定同位体比観測システムを2013年より導入し、水蒸気や降水、水田湛水等の同位体比の高頻度連続観測を3年間にわたって行った。その結果に基づき水田上での蒸散寄与率を求めたところ、稲の成長とともに蒸散寄与率が上がることを実証した。そのデータに加え、世界中のさまざまな場所で求めた蒸散寄与率を示した63のデータを調査したところ、葉面積指数(地表面に対して生えている植物体が持つ葉の総面積がどれくらいかを示した値)と蒸散寄与率との関係が、6つの植生タイプによる分類ごとに、定量的に表せる事を突き止めたということだ。そうして得られた全球陸域に適用可能な蒸散寄与率モデルと衛星観測から得られた葉面積指数分布を用い、全球陸域での蒸散寄与率分布を推定。その結果、全球平均値として57±7%という値が見積もられた。

全球陸域での蒸散寄与率については、2013年4月にNature誌で、「陸上からの総蒸発に含まれる植生経由の蒸散(蒸散寄与率)は90%に及ぶ」という趣旨の論文が発表されて以来、立て続けに出版された論文で20%~90%とさまざまな値が発表され、大きな論争となっていたが、今回の観測データに基づいた値は、そういった論争に決着をつけるものになるという。また、現在の一般的な気候モデルでは、植生を介した蒸散とそれ以外の蒸発を分けてシミュレートしているが、それを検証するための信頼できる観測データが欠落しているという状況だったため、同研究のデータによって、気候モデルの陸域の物理過程、特に蒸発散過程をより正しいものにすることが可能となる。それにより、陸域のエネルギー・水輸送過程が改善されるとともに、気候予測の全体的な精度向上及び気候システムの理解が進むことが期待できるということだ。