「百年に一度の経済危機」とも言われたリーマン・ショックから9年が経過しようとしている。当時、主要国の中央銀行は「世界恐慌」の恐怖から思い切った金融緩和を実施した。非常手段として政策金利をゼロ%ないしその近辺まで引き下げ、それでも足りずに非伝統的政策とされる資産購入、いわゆる量的緩和(QE)に踏み込んだ。

そして、現在、世界経済は曲りなりにも回復基調を維持しており、主要国の中央銀行は非常手段を解除して金融政策の正常化を進める、いわゆる「出口戦略」を模索している。

先頭を行くのが米国のFRB(連邦準備制度理事会)だ。FRBは既に2015年12月に利上げを開始、昨年12月と今年3月の2度の追加利上げを行った。その結果、政策金利(FFレート誘導目標)は0-0.25%から0.75-1.00%へ引き上げられた。市場では、年内にさらに1-2回の追加利上げが想定されている。

ここで問題となってきたのが、FRBが保有する債券をいかに減らしていくかという点だ。FRBの量的緩和は2014年10月に終了したが、購入した債券を保有し続けることが(購入対価を市中に放出したままであるため)金融緩和効果を持つとFRBは考えている。

そして、FRB内部では、年内にも債券保有残高の縮小を開始しようとの機運が高まっている。ただし、2013年5月には、バーナンキ議長(当時)が、いずれ債券購入額を段階的に縮小する(テーパリング)との意向を表明しただけで、金融市場が大いに動揺する「テーパー・タントラム(かんしゃく)」が起こった。そのため、FRBは慎重を期しているようだ。

FRBは2014年9月に「政策正常化の原則と計画」という文書を公表した。それによれば、まず満期償還される債券の再投資を停止することで、自然体での残高縮小を図る。しかるのちに、必要に応じて保有債券の売却を始める手順となっている。ただし、住宅市場に配慮して、住宅ローン担保債券(MBS)は売却せずに満期償還による自然減にとどめる。

5月3日時点で、FRBのバランスシート(総資産)は約4.5兆ドル。そのほとんどが量的緩和を通じて購入された債券である。そのうち、国債が2.5兆ドル、住宅ローン担保債券が1.8兆ドル。住宅ローン担保債券は99%が満期償還まで10年超という長期のものだ。つまり、現行の方針に従うならば、金融政策の正常化には気の遠くなるような期間がかかるということだ。

ユーロ圏では、ECB(欧州中銀)が量的緩和を続けている。昨年12月の理事会では、量的緩和に関して、従来の「月間800億ユーロの債券購入を少なくとも2017年3月まで続ける」との方針を、「月間600億ユーロの債券購入を少なくとも2017年12月まで続ける」へと修正した。

ドラギ総裁はその際の会見で、今回の措置は「金融緩和の延長であり、テーパリングではない」と強調した。ただ、今年に入ってECB内部では、テーパリングを始めるべきとの声が強まっているようだ。ブレグジット(英国のEU離脱)に伴う不透明感も強いためにドラギ総裁はそうした要求に抵抗しているようだが、風向きは徐々に変わりつつある。

そして、日銀は年間80兆円程度のペースで国債購入を続けている。昨年9月の金融政策決定会合で、年間80兆円はそれまでの目標から「めど」に格下げとなったが、それでもバランスシートが膨らみ続けていることに変わりはない。

5月10日、黒田日銀総裁は国会答弁で、2%の物価目標達成に向けて辛抱強く金融緩和を続けていく意向を改めて表明した。ただ一方で、総裁はこれまで「時期尚早」と切り捨てていた出口戦略についても、考えられるシナリオの公表を「今後検討する」と柔軟な姿勢を示した。それでも、出口に向けた動きは、FRBのみならず、ECBにも大きく後れを取る可能性が高い。

ところで、5月上旬時点で、FRB、ECB、日銀のバランスシートの規模はいずれも500兆円程度だ(現行の為替レートで換算、以下同じ)。不思議な一致といえよう。ただし、GDP(国内総生産)は、大雑把に米国2200兆円、ユーロ圏1300兆円、日本500兆円なので、経済規模との比較でいえば、日銀のバランスシートが突出して大きく(GDP比約100%)、次いでECB(同40%)、最後にFRB(同20%)の順となる。

バランスシートの大きさが金融緩和の程度を表わすとすれば(議論の余地は大いにあるが)、3つの中央銀行のなかで日銀がもっとも強い金融緩和を行っており、今後しばらくはFRBやECBとの格差は拡大する一方ということになる。

日銀はいつまでも「金融緩和の一人旅」を続けるのか、それともどこかで舵を切ってFRBやECBを追いかけることになるのだろうか。

執筆者プロフィール : 西田 明弘(にしだ あきひろ)

マネースクウェア・ジャパン 市場調査部 チーフエコノミスト。1984年、日興リサーチセンターに入社。米ブルッキングス研究所客員研究員などを経て、三菱UFJモルガン・スタンレー証券入社。チーフエコノミスト、シニア債券ストラテジストとして高い評価を得る。2012年9月、マネースクウェア・ジャパン(M2J)入社。現在、M2JのWEBサイトで「市場調査部レポート」、「市場調査部エクスプレス」、「今月の特集」など多数のレポートを配信する他、TV・雑誌など様々なメディアに出演し、活躍中。

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