プリンストン大学と香港科技大学の研究チームは、「カシミール効果」と呼ばれる量子力学的現象を利用して、物体間に斥力を発生させるシリコンデバイス構造を実現したと発表した。カシミール斥力を利用することで、MEMSデバイスの機械的動作にともなう摩擦を極端に小さくしたり、外部エネルギーの供給なしで微小な機械部品を空中に浮かせたりといった、これまでにないデバイスが実現できる可能性がある。研究論文は、光学専門誌「Nature Photonics」に掲載された。

2枚のシリコンチップ構造の間でカシミール効果による斥力が発生し、チップ同士が反発する (出所:プリンストン大学)

カシミール効果は、2枚の微小な平行平板を十分に近づけたとき、平板のあいだに引力が働くという現象である。この引力は、静電気や重力によるものではなく、真空の空間における量子力学的な場のゆらぎに起因して作用する力であると説明される。カシミール効果の存在は、オランダの物理学者ヘンドリック・カシミールによって1948年に理論的に予言され、その後、1990年代になって実験によって確認された。

これまでに確認されているカシミール効果は、物体同士がひきつけ合う引力として作用するものであるが、理論的には、物体同士が反発しあう斥力としてカシミール効果を作用させることもできると予想されてきた。しかし、これまで実際にカシミール斥力を発生させたとする事例は報告されていなかった。

研究チームは今回、画像のような特殊なT字型の突起構造をもつ2枚1組のシリコンデバイスを設計した。シリコンデバイス同士の間隔は100nm程度と狭い。このような微小な距離に平行平板同士を近づけると、カシミール効果が働いて平板同士が引き寄せ合うことが知られているが、今回のデバイスでは表面の特殊な形状によって斥力が働き、デバイス同士が密着せずに反発し合うことが示された。デバイス間に働くカシミール効果の評価測定は、デバイスに取り付けた微小な機械的バネを使って行った。

この研究では、デバイスの複雑な形状を作り込むことによって、カシミール効果による力を制御できることを示したことが注目される。カシミール斥力をMEMSデバイスに利用できれば、摩擦を極端に小さくした超潤滑状態でデバイスの機械的動作を行ったり、電池などで外部から電気エネルギーを供給しなくてもデバイス内部の量子効果だけを利用して微小な機械部品を空中に浮かせるといったことが可能になると期待される。研究チームは今後、さらに大きな斥力を発生させることができるデバイス構造の開発に取り組むとしている。