東京農業大学は4月18日、マウスを用いて他者を認識する社会記憶を定着させる神経メカニズムを解明したと発表した。

同成果は、東京農業大学生命科学部バイオサイエンス学科 喜田聡教授らの研究グループによるもので、4月19日付の米国科学誌「The Journal of Neuroscience」に掲載された。

他者を記憶しておくことは円滑な社会行動を営むために必要不可欠な能力であるが、他者を認識する「社会記憶」を脳に定着させるメカニズムは不明であった。

マウスは鼻を相手に接触させて臭いを嗅ぐ行動をとることで相手を認識し、このような社会行動を行うことで相手を記憶していることが知られている。そこで、今回同研究グループは、この社会行動後に活性化される脳領域を、神経細胞の活性化に伴い発現誘導される初期応答遺伝子群の発現を指標にして同定した。

この結果、海馬、扁桃体、前頭前野および帯状皮質で、十分な社会行動を行い社会記憶が形成されるような条件下において、顕著な遺伝子発現が観察された。これら4領域の役割を解析するため、それぞれの脳領域にタンパク質合成阻害剤を注入して遺伝子発現を阻害した影響を調べたところ、これら脳領域のどの領域の遺伝子発現を阻害しても、2時間程は相手のことを覚えているものの、24時間経過すると相手のことを思い出せないことが明らかになった。したがって、これらすべての脳領域が社会記憶の固定化に必要であることが示されたといえる。

同研究グループはさらに、in silico解析を実施。各マウス個体内の初期応答遺伝子の発現レベルの相関性を指標にして、神経回路の機能的な結合性(脳領域間のネットワーク)を評価したところ、社会記憶を形成するために、脳内に海馬、扁桃体、前頭前野および帯状皮質を中心とするネットワークが形成されていることが明らかになった。

さらに、脳内の2領域間のつながりの強さを比較した結果、扁桃体と帯状皮質では社会行動の開始とともに他の脳領域との結合性が高まるのに対して、海馬と前頭前野では社会記憶を形成する際に他の領域との結合性が高まることが明らかになった。また、社会記憶が形成される際には、海馬と他の領域とのネットワークがより強固になることもわかっている。つまり、社会記憶の形成に伴い、海馬を要として扁桃体、前頭前野および帯状皮質にまたがる記憶貯蔵回路が構築されて、この神経ネットワークに社会記憶が貯蔵されているものと考えられる。

社会記憶は社会行動を決定する素因となるため、同研究グループは今回の成果について、自閉症の病態解明と社会行動の観点からの改善方法の開発に寄与することが期待されると説明している。

(A)社会記憶を貯蔵する際には、海馬(CA1、CA3、DG領域)、前頭前野(PL、IL領域)、扁桃体(BLA、LA、CeA領域)、帯状皮質(ACC)を中心とするネットワークが形成され、このネットワークに社会記憶が貯蔵される。線は結合性の高い領域間を結んである (B)領域間の結合の強さ。海馬は社会記憶を貯蔵する神経ネットワークの中心であり、前頭前野、扁桃体と帯状皮質を束ねる要の役割を果たしている。線の太さは結合の強さ (出所:東京農大Webサイト)