北海道大学は、同大学大学院農学研究院生物生態体系 長谷川英祐准教授らの研究グループが、刺激の大きさに対してその大きさに比例した反応ではなく、ある刺激値(閾値)を境に On/Offの二値的な閾値反応しかできない個体の集合でも、個体の間で閾値にバラツキがある場合は、合理的な集合意志決定が可能になることを発見した。また、アリの集団がそのメカニズムを使ってより良い選択肢を多数決で選べることも示した。この研究成果は4月12日、英国の電子雑誌「Royal Society Open Science」に掲載された。

アリやハチは個体の評価能力こそ低いが、集団(コロニー)としては複数の選択肢から最も良い選択肢を選ぶことがわかっている。そのためには、1匹1匹が選択肢の質に比例した強さの反応を返すことが必要だとされてきた。

例えば、ミツバチは質の良い巣箱に対してより強く長いダンスを踊り、質の低い巣箱に対してはあまり強いダンスを踊らない。そのため、質の良い巣箱には多くの働きバチが動員され、その数がある数を超えたときコロニー全体が多数決で選ばれた巣箱へ移動する。

アリやハチのワーカー(働きアリ・働きバチ)は、刺激に対してOn/Offの二値的な閾値反応しか返すことができない。しかし、刺激に対する閾値に関して個体間でバラツキがあることが知られており、集団内で閾値分散があるときに、質の異なる2つの選択肢がある場合、質の高い選択肢にのみ反応する個体の存在によって必然的に質の高い選択肢により多くの個体がOn反応を返すため、多数決を使えば必ず良い方の選択肢を選ぶことができる。

研究グループは、シワクシケアリの6コロニーで3.5%と4.0%のしょ糖液に対するワーカーの閾値を測り、どちらが多くの個体の反応を獲得するかを調査した結果、ほとんどのワーカーは一貫した反応を示し、LOW(両方にOn反応)、MID(3.5%にはOff反応、4.0%にはOn反応)、HIGH(どちらにもOff反応)の3グループに分かれたという。この状況で、3.5%と4.0%のしょ糖液をえさ場に置き、15分後にどちらに多くの個体が反応しているかを調べたところ、すべてのコロニーが4.0%のしょ糖液に多くの個体が反応したということだ。

このとき、LOWとHIGHのグループはどちらにもOnかOffの反応しかしないため、多数形成には貢献せず、MIDグループの個体の意志決定が全体の意思決定を実質的に決めていた。選択肢の質が閾値の分布の範囲内にある限り必ず同じことが起こり、選択肢がいくつあっても最も良いものを選ぶことが明らかになった。

従来、アリやハチは、合理的集合意志決定のためには選択肢の質に比例した動員行動が必要とされていたが、この15分の実験時間では1個体も動員行動を示さなかった。つまり、従来の仮説では結果を説明できず、良い選択肢を選ぶのに質に比例した反応は必ずしも必要ないことが示されたことになる。

この機構は、構成要素である神経細胞が On/Off 反応しかできないと考えられている脳の合理的意思決定を説明できる。また、脳がこの機構を使っているという仮定は、従来の脳の意志決定に関する知見とも整合的である。脳だけでなく、コンピュータ群や群ロボットなど個々の要素が高度な判断ができない集団で、集団内に閾値分散を持たせるだけで合理的意思決定が可能になるため、今後は、さまざまな分野での応用が期待される。また、生物になぜ個性が必要なのかという生物学の大きな課題に答えを与える可能性も考えられるとしている。