今はなき北斗星がコンセプトになった「トレインホステル北斗星」が、2016年12月15日にJR馬喰町駅直結という立地で開業した。筆者は小学生の頃から鉄道が好きで、高校時代にJR全線完乗も達成した"鉄な"ホテル評論家。その泊まり心地を確かめてみた。

「トレインホステル北斗星」の受付もまた、味があるデザインに

2015年8月に運行を終了した北斗星

減少の一途をたどる夜行列車。往時の活況を知る者にとっては寂しい限りであるが、格安簡便に移動できる交通手段は増える中でいまや風前の灯火。筆者は小学生の頃から鉄道が好きで、高校時代にJR全線完乗も達成した"鉄な"ホテル評論家だが、特に夜行列車を偏愛、鉄道雑誌の夜行列車特集は必読しており、北斗星へも通算5回乗車した。

北斗星とは、かつて上野と札幌を結んでいた寝台特急で、食堂車やロビーカー、個室寝台までも連結、"豪華寝台特急"として人気を博した。チケットが取りにくい人気列車として知られ、最盛期は3往復運行されていたが次第に減少、2015年8月に運行を終了した。そんな、今はなき北斗星がコンセプトになったのが、今回の「トレインホステル北斗星」である。

運行を終え、馬喰町に"定住"

在りし日の姿をそのままに

建物は7階建てでホテルは1階~6階部分。1階が受付、6階にはシャワールームとランドリーがあり、2階にはゲストルームのほかラウンジスペースもある。ラウンジには北斗星の食堂車「グランシャリオ」で実際に利用されていたテーブルやイス、ランプが用いられている。

ラウンジ入口には北斗星の食堂車「グランシャリオ」のプレートが

共用キッチンも併設。コンビニエンスストアがホテルに隣接しているので、食事には困らないだろう。駅弁なども準備しておけば楽しい空間になるかもしれない。3階、4階のゲストルームは男女混合エリア、5階は女性専用エリアとなる。

北斗星グッズの宝庫とも言える館内は、さまざまなパーツが効果的に用いられ雰囲気が演出されている。チェックイン手続きは、補充券を模したレジストレーションカードに記入。一瞬切符入れに見える暗証番号が記されたカードが手渡される。セキュリティエリアは暗証番号で解錠されるキーレス方式だ。

暗証番号が記されたカードが手渡される

補充券を模したレジストレーションカード

ゲストルームは、"二段ハネ"と言われた開放型B寝台の形状で再現されており、想定通りの光景。懐かしい読書灯もきちんと点灯。当時はなかったコンセントが設置されている。また、「A個室」のプレートが貼られた半個室スペースも用意。当時、最高級客室としてに人気を博したA個室ロイヤルのパーツが用いられ雰囲気が演出されている。

A個室ロイヤルの雰囲気も味わえる

移動する空間と寝るための空間という違い

寝台車を利用した経験のある者にとって、トレインホステル北斗星で寝台列車の気分が満喫できるのか? と言えば、違和感を覚える人は多いかもしれない。駅やホーム、揺れやレールのつなぎ目をまたぐ音、何より移動するのが列車の醍醐味だとすれば、そこはやはりビルの中である。

トレインホステル北斗星は宿泊施設であるが、そもそも寝台列車は宿泊施設だったのか。"移動するホテル"などと表されてはいたが、そこは宿泊施設ではなく、やはり移動する空間であった。乗客同士は集団ではないが、彼の地へ向かう連帯感のようなものがあった。

二段ハネが今夜の"寝床"

寝台列車のイメージで作られたトレインホステル北斗星を、単に寝るための施設として割り切った利用をするのであればそれまでの話であるが、寝台列車気分を味わおうとするのであれば少々の工夫が必要だ。ホステルの魅力にはゲスト同士の交流という側面もあるが、トレインホステル北斗星で寝台列車気分を味わおうとすれば、どれだけ自分がバーチャルな世界へ入り込めるのかがポイントと言える。

スタッフによると、当初、揺れは難しいにしても、ゲストルーム内に列車の走行音を流すといった雰囲気作りを考えたという。しかし、音を求めないゲストもいることから諦めたそうだ。ゆえにルーム内はシーンとしている。目の前に広がる光景は二段ハネなのにシーンとしている。これがそもそもの違和感なのだ。

懐かしい"イス"も

音楽を持参して寝台列車旅気分を味わうもよし

筆者は自宅のベッドで往年の寝台列車気分を味わいたい時、揺れ振動は難しいにせよ、動画サイトで多数投稿されている、「睡眠用」と記された当時の夜行列車走行音の投稿を聞きながら眠りに落ちることがある。駅から出発しチャイムとともに車内放送が流れ、停車駅と到着時刻が案内される。走行音はもちろん停車駅の音まで丁寧に拾われた投稿も多い。目を閉じつつ彼の地へ夢を馳(は)せる。

トレインホステル北斗星の夜は、寝台のカーテンを閉め、ヘッドホンから流れるお気に入りの寝台列車旅を楽しんだ。もちろん揺れはないが、自宅のベッドでは味わえないリアリティな感覚がある。往時の時刻表なども携行し、読書灯のあかりでめくるのも楽しいかもしれない。

ここはあくまでも"寝るためのホテル"ということを理解しておくことが必要だ

宿泊需要の増大は多様な宿泊施設が誕生する契機となる。ステイの快適性を追求するという宿泊施設本来の目的だけが一義とは言えない、オリジナリティあふれるコンセプトの施設が登場している。このような施設でステイを楽しむのであれば、相応の準備や工夫も必要のように感じた。

筆者プロフィール: 瀧澤 信秋(たきざわ のぶあき)

ホテル評論家、旅行作家。オールアバウト公式ホテルガイド、ホテル情報専門メディアホテラーズ編集長、日本旅行作家協会正会員。ホテル評論家として宿泊者・利用者の立場から徹底した現場取材によりホテルや旅館を評論し、ホテルや旅に関するエッセイなども多数発表。テレビやラジオへの出演や雑誌などへの寄稿・連載など多数手がけている。2014年は365日365泊、全て異なるホテルを利用するという企画も実践。著書に『365日365ホテル 上』(マガジンハウス)、『ホテルに騙されるな! プロが教える絶対失敗しない選び方』(光文社新書)などがある。

「ホテル評論家 瀧澤信秋 オフィシャルサイト」