ヒト受精卵へのゲノム編集 Part4 社会としてどのように使う?ルールを考えてみた(樋江井 哲郎)

科学コミュニケーターの浜口が3回(Part1,Part2,Part3)にわたりゲノム編集のトークイベントの様子をシリーズで紹介しました。

がっ!最終回Part4のご紹介をしておりませんでした。Part4では、トークイベント後に「まだまだ話し足りない」という参加者向けに開催した90分間の特別ワークショップの模様をお届けします。

ワークショップが濃い話し合いの場になりすぎて、ファシリテーターをしていた私は「どうまとめたらいいものか・・・」と悩みに悩み、気がついたら今になってしまいました。今もまだ整理はついていませんが、モヤモヤも含め皆さんにぶつけていきたいと思います!!(遅れた上に、モヤモヤを投げる無礼をお許し下さい・・・)

さて、気になるワークショップの内容はこちら。

ヒト受精卵へのゲノム編集のルール作り

将来、ゲノム編集の技術的な課題がクリアされ、ヒトの受精卵にも使えるような安全性が確立できたとして、みんながみんな好きなように使ってもよいのでしょうか。科学コミュニケーターの浜口の記事にも紹介されていましたが、ヒト受精卵へのゲノム編集は難病などの病気を治療できること期待される一方で、「次世代以降に影響を及ぼす可能性」や「富裕層が好き勝手に利用することで格差がさらに広がる懸念」など倫理的な問題がたくさんあります。使い方を誤れば、その人だけにとどまらずに、人類全体に影響がでてしまう問題なだけに、社会としてきちんと議論し、みんなが納得できるルールを作ることが必要になってきます。

技術的な課題の解決はまだですが、今回のワークショップでは、その日に備えてルールを先駆けて考えてみました。

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STEP1あなたはどこまで使いたい?

ゲノム編集の使い方について個人の想いを明確にするパートです。はじめに、どんなケースでゲノム編集が使えるかブレインストーミング。「自分が赤ちゃんを授かるときに使うとしたら?」だけに限定せず、「自分は親にこんな風にゲノム編集してもらいたかった」や「近所のお母さんが使うとしたら?」などなどいろんな視点からアイデアをだしました。

参加者があげたゲノム編集を使えそうなケース
病気の治療:ハンチントン病、免疫不全、ガンなど
体質の改善:アレルギー、肥満など
エンハンスメント:目の色や肌の色、頭をよくする、身体能力の高い子どもつくる

深刻な遺伝病から目の色や肌の色を変えるといったことまでさまざまなケースがあげられました。しかし、自分がどこまで使いたいか、その価値観はその人次第です。先ほどあげた例の中から、「自分が赤ちゃんを授かる身だとしたらどのように使いたいか」を考え、ワークシートに記入しました。

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参加者が記入したワークシート。ゲノム編集の使い方について 自分自身の意見をワークシートにまとめていきました。

記入が終わったら、グループ内で意見を共有します。ここからは、あるグループXの話し合いを追っておきます。

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5人中3人が致死性の遺伝病の病気の場合に使いたいと主張しています。3人の意見に同意しながらも、Cさんはもっと広い範囲の難病治療、Dさんは多くの人が悩んでいるような不妊治療にまでゲノム編集を使っていいと言います。他のグループでは、「がんになりにくくするために使っていい」や、「頭、身体の強化でも使っていい」や「そもそも使っていいケースなどない」と言う人がいるなど、1人ひとりボーダーラインが違うということがわかります。

ボーダーラインは各々違いますが、グループ内のメンバー全員が共感できるような使い方というのもあるかもしれません。グループX内で考えてもらったところ、「生死に関わる病気」「社会的な要求が強い病気」という基準がでてきました。

では、使いたくないケースについてもみてみましょう。

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性格であったり身体能力であったり、あげたケースはさまざまです。使いたくないケースについても共通見解をまとめてもらったところ、「環境によって改善できる可能性があるもの」「多様性の否定につながるようなもの」という基準がでてきました。

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STEP2社会としてどう使う?

STEP1は個人の視点でしたが、STEP2からは視野を広げ、社会という視点で考えていきました。STEP1の最後で導きだしたグループの基準をもとに、下記の事例について、社会としてゲノム編集をしてもよいとするのか、それともしないとするのか、グループで決断を下してもらったのです。

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先ほどのグループの見解は、


使わないほうがいい


しかし、議論の内容をみてみると、全員が使わないほうがいいと考えていたわけではありませんでした。

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AさんとCさんは「重篤ではないので使わないほうがいい」としているのに対し、Dさんは「社会的に大変なので使っていい」と言います。

ファシリテーターをしていた私は、設定した病気を「重篤」なものと思い込んでいました。しかし、病気を重いものととるか、そうでないのかは人によって考えが違うといことを気づかされました。そして、「重篤な病気」と捉えるかどうかが、ゲノム編集を使う・使わないかを決める上での判断材料になるということが見えてきました。

一方で、BさんとEさんは、この遺伝子疾患を「大変なもの」としつつも、ゲノム編集をしなくてもよいという考えでした。その理由を聞いてみると、「社会がサポートできるから使わないほうがいい」。国が補助だすことで治療費の負担を軽くしたり、ワークシェアリングを推進することで短時間労働が可能になり通院時間を確保できるなど、社会体制が整っていれば、困難なく暮らせるのではという主張でした。社会のあり方がどうであるかも判断基準になるのです。

では、最終的にグループとしてどのように判断をくだしたのでしょうか。「使ってもいい」と判断していたDさんは、ここまでの話し合いを受け、皆の意見に納得しつつも意見を変えることはありませんでした。しかし、約10分程度の時間で判断をしなければいけないという制約があったからか、「コミュニティーとしては使わないほうがいいのでは?」と歩み寄りをみせました。その結果、グループとしては「使わないほうがいい」と判断したのです。

一方で、「判断できない」としたグループもありました。この病気を重篤だと思う派と思わない派で意見がわかれ、時間内に折り合いがついていないようでした。

会場全体がモヤモヤとしてきたなか、ある架空の条件を3つ追加し、さらに判断にゆさぶりをかけていきます。先ほどのグループXの判断がどう揺らいだかみていきましょう。

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ゲノム編集をすることで、遺伝子による病気が治ったとしても、遺伝子を操作することによる思わぬ影響というのもでてくるかもしれません。ここでは、がんになりやすくなるという架空のリスクを提示しました。すると、


グループXの回答:使わない
理由:元々使わないほうがいいとしたから


この問いを提示する前から「使わない方がいい」と判断していたため、「がんになるリスクがあるならなおさら使いたくない」と、「使いたくない」という判断がより強固なものとなっていました。そこで、条件を切り替えます。

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厚生労働省のデータによると、日本の医療費の総額は平成25年に40兆円を越えました。平成元年の数字と比べると二倍以上の額に膨れあがっており、今後もさらに増え続けると考えられています。医療費の40%が税金などから捻出される公費から支払われていることから、将来的にわたしたちが納める税金額も増えるのではと懸念されています。

一方で、ゲノム編集を使えば生まれてくる赤ちゃんを健康にすることができるため、その心配がいらなくなるかもしれません。ゲノム編集をしなければ、消費税負担が15%にあがる社会状況を想定して再び考えてもらいました。


グループXの回答:使わないほうがいい 理由:消費税負担を軽減させることを理由にゲノム編集をしていいと社会でしたときに、それが圧力になり、「ゲノム編集による治療をしない」という選択がし辛くなる。

消費税を理由にして「ゲノム編集を使ったほうがいい」とするならば、社会として使うことを推奨しているようにみえます。参加者の1人は「病気の人を見る度に『この人のせいで税金が上がった』という風潮がでてきて、ゲノム編集を使いたくない人が『使わない』という選択をとれなくなるのでは?」と指摘していました。経済的な負担は軽減することはできるけれども、個人の選択を奪ってしまうかもしれない、そういった可能性があるのです。メリットに見えることでも、デメリットにもなりうるのです。

ここで、さらに違う条件を提示していきます。

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上記の疾患にかかっていると週に2回は通院しなくてはなりません。一般的な会社では、週に5日勤務し、土日に休む働き方であることが多く、この疾患を持っている人が働くことは容易ではありません。近年は、働き方を自由に選択できる会社も増えてきていますが、それでもまだ少数派。この状況をもっと極端にした社会を想定してもらいました。

グループXの回答:判断できない 理由:グループの中で判断が完全にわかれた

「使わないほうがいい」から、はじめて「判断できない」に変わりました。「使わないほうがいい」としていた4人中2人が「使ってもいい」と意見を変えたのです。2人は、社会に根強く差別というものがあるのであれば、疾患を持つ子どもたちが生き辛くなるため、ゲノム編集を使うという選択肢があってもよいのではと述べていました。ゲノム編集の使う・使わないの判断は、社会的状態によってかわってくるものなのです。

 一方で、最初から最後まで「使わないほうがいい」とした参加者は「社会的認知が進んでいないのであれば学校や職場などで認知を促進すべき」と主張します。科学コミュニケーターの浜口がブログで紹介していた粥川準二さんの言葉「改変する必要があるのは、遺伝子なのか社会なのか」にあるように、社会が変われば問題は解決するのかもしれません

その言葉を聞き、「使ってもいい」とした参加者も「いろいろな人の意見を聞き判断できなくなってきた」と言うほど考えがゆさぶられていました。グループとしても「使っていい」派と「使わないほうがいい」派にわかれたため、1つの答えにまとまることはありませんでした。

「合意形成はこんなにも難しいものなのか・・・」、私はそう感じました。

ゲノム編集の使い方を考えるときには「病気を重篤だと捉えるかどうか」、「思わぬリスクがどれぐらいあるのか」、「社会的状況がどうであるか」などたくさんのことを考慮にいれなければならないのに加え、ひとり一人が異なる価値観を持っているため、みんなが納得できるような落としどころは、そう簡単には見つかないのです。

しかし、社会では一定の方針を決める必要があります。STEP3では、ルール作りをしてもらいました。


STEP3 ルール作り

STEP3では、ゲノム編集を使ってもいいケース、そのケースを使ってもいいとしたときに起きうる課題、その課題を解決するルールを考えてもらいました。

○使ってもいいケース 致死性あるいは、それに準ずる遺伝性疾患(ゲノム編集でしか治療できない) ○課題 どこまでが「ゲノム編集」をして良くて、どこからがやってはいけないのか?を定めたとき、「やってはいけない」側の患者から「不公平だ」だという意見が出る可能性が高い。 ○ルール 「ゲノム編集をやってはいけない」と認定された病気の患者を別の方法でフォローする制度も一緒につくる

STEP2の話し合いでは意見はまとまりませんでしたが、STEP3では「致死性、それに準ずる遺伝性疾患」については使ってもよいとしています。病気によって、使い方が決めやすいものと、そうでないものがあるとわかります。しかし、数ある病気の中で、どこからどこまでゲノム編集を使ってもいいとするのか、その判断は難しいです。このグループは、ゲノム編集を使えないとされた病気に対しても、カバーする制度を設けるというソリューションをだしてくれました。ゲノム編集を受ける人だけでなく、受けない人の幸せというも考えるというのは重要な視点です。

一方で、他のグループはどのようなルールを作ったのでしょうか。

「基礎研究以外で使っていいケースはない」
「一般成人と同等の寿命をまっとうできない疾患なら可」
「(子々孫々の分も含め)自己責任なのであればエンハンスメントでも可」

ルールひとつとっても多様でした・・・。「本当に答えはあるのだろうか?」、参加者全員がモヤモヤを感じながらワークショップは幕を閉じました。


ワークショップを終えて

最後までお読みいただきありがとうございました。

さまざまな人のゲノム編集に対する思いを感じとっていただけたでしょうか。でも、実はこのブログで紹介できたのは熱のこもった議論の一部だけです。(僕の筆力がもう少しあれば・・・と思うのですが。)

このワークショップ、「ルール作り」と題していたものの、実はルールを作ることが目的ではありませんでした。ゲノム編集という新しい技術について、皆さんがどんなことを考えているのかの意見が交換でき、それぞれの学びにつながればという思いで設計しました。

その期待以上に、参加者たちが熱心にやっていただけでなく、お互いの意見に深くうなずいたり、首をひねったり本気で問題に向き合っていたことがとても印象的でした。合意形成にはいたりませんでしたが、多様な意見に触れることで、視野が広がっていき、自分の考えが深く明確になっていく、そんなワークショップになっているような気がしました。

ワークショップを通じてもっといろんな人にゲノム編集について考えてもらいたい。

そんな思いで、今、ゲノム編集を実際に使う立場になるかもしれない高校生・大学生向けに向けた学習プログラムを開発しています。もうまもなく完成しますので、楽しみに待っていてくださいね。



Author
執筆: 樋江井 哲郎(日本科学未来館 科学コミュニケーター)
“文系あがりの、なんちゃって理系” 大学で経済学を勉強していたが、体内時計の特集番組がきっかけで、科学に興味を持つ。普通は興味の段階でとまるところを、躊躇もせずに理系の大学院へ進学。研究者を志すが、後に研究には向いていないと挫折。ただ科学好きはおさえられず、2014年に未来館へ

本記事は「日本科学未来館 科学コミュニケーターブログ」から提供を受けております。
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