欧州原子核研究機構(CERN)などの国際研究チームは8日、国際宇宙ステーション(ISS)に設置したアルファ磁気分光器(AMS)の分析結果から、ヘリウムの反物質である「反ヘリウム」を宇宙空間で検出した可能性があると発表した。宇宙の始まりに関する謎を解明するカギになるとみられる。

AMSは、2011年にISSに設置され、宇宙空間を飛び交うさまざまな粒子の検出を行ってきた。それらの観測データは、「宇宙の始まりに存在していたはずの反物質はどうなったのか?」「ダークマターの正体は何か?」といった宇宙の謎の解明に手がかりを与えるものと期待されている。

これまでの5年間に、900億回以上の宇宙線事象の観測(粒子検出)を行い、このうちヘリウム粒子の検出は37億回あった。そのほとんどはプラスの電荷を持つ通常のヘリウム原子核だったが、そのほかにマイナスの電荷を持つ反ヘリウム粒子(ヘリウムの反物質)と思われるデータが数個だけ含まれていたという。反ヘリウムは、反陽子2個と反中性子1個で構成される反物質。物質と反物質が接触すると巨大なエネルギーを放出して対消滅する。これまで反水素原子を人工的に作り出す実験などは成功しているが、自然界で反物質が見つかった例はない。

ISSに設置されたアルファ磁気分光器AMS-02(出所: AMS Collaboration)

宇宙のどこかに「反物質の領域」が存在する?

宇宙の始まりを説明するビッグバン理論では、宇宙誕生時には物質と反物質が同じ量だけ存在していたと考えられている。しかし、陽電子(電子の反粒子)や反陽子(陽子の反粒子)などを除くと、自然の宇宙に反物質は見当たらない。この理由を説明するのが、宇宙の初期に反物質は物質と接触して対消滅し、物質だけが残ったとするバリオジェネシス理論である。

反物質が消滅するときには同量の物質も消滅してしまうので、今ある物質で構成された宇宙ができあがるためには反物質よりも物質のほうが多い状態になっていなければならない。反物質よりも物質のほうが多くなる理由は、粒子の「対称性の破れ」で説明される。ただし、バリオジェネシス理論が成り立つためには、これまで実験的に確認されている「CP対称性の破れ」だけでは不十分であり、「強い対称性の破れ」や「陽子崩壊」といった現象が必要とされる。

問題なのは、世界中の研究機関が実験を続けているにもかかわらず、「強い対称性の破れ」も「陽子崩壊」も未だ確認されていないということである。そこでもうひとつ別の可能性として、反物質は完全に消えてしまったわけではなく、「反物質で構成された領域が宇宙のどこかに残っているのではないか」と考えることもできる。

宇宙空間での反ヘリウム検出は、宇宙のなかに反物質領域が今も大量に残っている根拠となる可能性があり、本当であれば非常に重要な発見になる。研究チームは今後、より多くのデータ蓄積と詳しい解析を進め、検出された粒子が本当に反ヘリウムであるのかどうか検証していくとしている。

自然界での反ヘリウムは、2004~2008年、高エネルギー加速器研究機構(KEK)などの日米共同チームが南極上空を周回する高高度気球による宇宙線観測実験で検出を試みた例があるが、このときは検出できなかった。

ダークマターの存在を示唆するデータも

宇宙の質量・エネルギーの27%程度を占めるとされる未知の重力源ダークマターに関しても、AMSの観測から興味深いデータが得られている。粒子状のダークマター同士が衝突すると、陽電子や反陽子などの粒子が生成されると考えられており、この理論を検証するための陽電子・反陽子の観測が続けられてきた。

陽電子フラックスの観測データと理論モデルの比較(出所: AMS Collaboration)

陽電子フラックス(流束)の解析結果のグラフでは、8GeV(キガ電子ボルト)くらいのエネルギースペクトルからフラックスが増大し、高エネルギー領域で急激に低下する曲線が見られた。この曲線は、宇宙線と星間物質の衝突による陽電子生成モデルとは異なるものであり、質量1TeV(テラ電子ボルト)のダークマターを想定した理論モデルとよく一致していた。

また、反陽子のデータも、ダークマターの存在を示唆している。宇宙空間に存在する反陽子の数は極めて少なく、その割合は陽子の1万分の1程度とされる。AMSでは5年間に34万9000個の反陽子を検出し、このなかから100GeV以上のエネルギーを持った反陽子2200個を特定した。これらの分析の結果、実際の反陽子の数は予想より多く、パルサー由来ではうまく説明できないことがわかった。過剰な反陽子を説明するには、ダークマター粒子の衝突によるとするか、あるいは未知の天文学的モデルを作る必要があるという。