日本銀行(以下、日銀)が時期を特定した物価目標を採用したのは、2013年4月の金融政策決定会合においてだった。就任後初の会合に臨んだ黒田総裁は、「量的・質的金融緩和」をまとめ上げ、会合後の会見で、「消費者物価の前年比上昇率2%の『物価安定の目標』を、2年程度の期間を念頭に置いて、できるだけ早期に実現する」と宣言した。

そして、約3週間後に公表された日銀の「経済・物価情勢の展望(展望レポート)」では、「見通し期間(2013~15年度:筆者註)の後半にかけて、『物価安定の目標』である2%程度に達する可能性が高い」との見通しが示された。

その後、物価目標の達成時期の予想は「逃げ水」のように後ズレしてきた印象がある。例えば、「2015年度を中心とする期間(展望レポート2014年10月)」→「2016年度前半頃(同15年4月)」→「2016年度後半頃(同10月)」→「2017年度中(16年4月)」というように。

今年7月の展望レポートでは、目標達成予想の先送りこそなかったものの、「中心的な見通しとしては2017 年度中になるとみられるが、先行きの海外経済に関する不透明感などから不確実性が大きい」とあり、「但し書き」がついたことで自信のなさをうかがわせた。英国の国民投票でBREXIT(EU離脱)が決まり、世界の金融市場が動揺した時期だったから、致し方ない面もあるのだが。

さて、2%の物価目標達成はどれほど難しいか。日本の消費者物価が最後に前年比で2%を超えていたのは2014年4月からの1年間だ。しかし、これは消費税率の5%から8%への引き上げの影響をモロに受けたためであり、「反則」。それ以前に2%を超えていたのは2008年9月まで遡る。リーマンショックが起こった月だ。ただ、当時の消費者物価はエネルギー価格の高騰によって押し上げられたものだった。

そして、2014年夏以降の原油価格の急落が消費者物価を大きく押し下げた。ただ、今年7月の消費者物価が前年比-0.4%まで下落したのには、円高による輸入物価の下落も影響しているのではないか。

ごく簡単な統計分析を行うと、円実効レートの変化は9カ月後の消費者物価の変化と最も逆相関が大きいことがわかった。言い換えれば、1年前からの大幅な円高は、来春までの消費者物価をさらに大きく押し下げる可能性がある。

消費者物価と円実効レート

日銀は、消費者物価のうち食料やエネルギーを除くコアを重視している。7月の消費者物価コアは前年比でプラス圏を維持しているが、最近のベクトルは下向きで2%目標から遠ざかっているようにもみえる。やはり円高の影響だろうか。

日本のCPI(消費者物価)上昇率

日銀は、今年7月の金融政策決定会合で、次回に「経済・物価動向や政策効果について総括的な検証を行う」と表明した。「2年程度で2%」という、達成できない目標を取り下げ、新たに2%物価を「中期目標」にするとの観測も市場にはある。

仮にそうだとすると、物価目標の達成に向けた日銀のコミットメントが低下したと市場は受け止めかねない。それを相殺するために、日銀は大胆な追加緩和策を組み合わせるのだろうか。9月21日に公表される予定の「総括的な検証」の結果から目が離せない。

執筆者プロフィール : 西田 明弘(にしだ あきひろ)

マネースクウェア・ジャパン 市場調査部 チーフエコノミスト。1984年、日興リサーチセンターに入社。米ブルッキングス研究所客員研究員などを経て、三菱UFJモルガン・スタンレー証券入社。チーフエコノミスト、シニア債券ストラテジストとして高い評価を得る。2012年9月、マネースクウェア・ジャパン(M2J)入社。市場調査部チーフアナリストに就任。現在、M2JのWEBサイトで「市場調査部レポート」、「市場調査部エクスプレス」、「今月の特集」など多数のレポートを配信する他、TV・雑誌など様々なメディアに出演し、活躍中。

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