GaAsに添加されたMnの濃度が0.9%より小さいときは、正孔の波(波動関数)はMn原子によって乱され、Mn濃度の増加によって正孔の波の乱れはより大きくなる。しかし、Mn濃度が0.9%以上になり半導体が強磁性への相転移を起こすと、正孔の波の散乱が強く抑えられ、波のコヒーレンスが増大し、秩序が回復することが今回明らかになった

東京大学(東大)は6月29日、磁性をもつ原子を半導体中に加えて強磁性にすることにより、伝搬する電子の散乱が抑えられ秩序が回復する特異な現象を観測したと発表した。

同成果は、東京大学大学院工学系研究科電気系工学専攻 宗田伊理也特任研究員(研究当時、現在は東京工業大学工学院 助教)、大矢忍准教授、 田中雅明教授(スピントロニクス連携研究教育センター センター長)らの研究グループによるもので、6月28日付の英国科学誌「Nature Communications」に掲載された。

半導体では、素子に電流を流すために不純物を添加して抵抗を下げる方法が広く用いられているが、不純物濃度の増加に伴い、半導体中の電子や正孔の波動関数(波)が強く乱され、デバイスの特性が劣化してしまうという問題が古くから知られている。

今回、同研究グループは、半導体ガリウムヒ素(GaAs)に、磁性不純物であるマンガン(Mn)原子を添加することで正孔の波動関数がどの程度乱されるか、共鳴トンネル分光法を用いて測定した。この結果、Mn濃度が0.9%よりも低いときは、予想どおりMn濃度の増大に伴って単調に波動関数の乱れが大きくなったが、Mn濃度が0.9%に達し強磁性転移が起こると、波動関数の乱れが突如として強く抑制され正孔のコヒーレンスが増大することがわかった。

同研究グループはこの振る舞いについて、従来の固体物理学から予測される通常の半導体で起きる現象とはまったく逆の現象であるとしており、強磁性転移に伴いスピンの向きが揃うことにより生じた、強い交換相互作用を介して引き起こされる特異な現象であるという見解を示している。