米国マックス・プランク・フロリダ神経科学研究所(MPFI)は5月12日(現地時間)、生きている個体の脳で正確にゲノム編集を行うことができる「SLENDR法」を開発したと発表した。

同成果は、同研究所 三國貴康研究員、西山潤研究員、安田涼平ディレクターらの研究グループによるもので、5月12日付けの米国科学誌「Cell」オンライン版に掲載された。

近年、CRISPR-Cas9などのゲノム編集技術の進歩により、従来よりもはるかに迅速かつ簡単に、遺伝子の欠損や変異をゲノムに導入できるようになった。CRISPR-Cas9はゲノムの特定の場所でDNA二重鎖を切断するが、この切断は細胞の内因性の仕組みである不正確な「非相同末端結合」または正確な「相同組換え修復」により修復される。

脳の神経細胞においては、非相同末端結合によるゲノム編集で遺伝子を破壊することは報告されているが、相同組換え修復によるゲノム編集は困難とされてきた。これは、成熟した神経細胞のような非分裂細胞は相同組換え修復の仕組みが備わっていないため、正確な遺伝子組み換えを引き起こすことが難しいからである。このため、脳神経科学の研究分野においては、ゲノム編集技術は主に遺伝子破壊の目的に限られるという課題があった。

今回、研究グループは、分裂能を有する神経前駆細胞に相同組換え修復の仕組みが存在することに着目し、マウスの子宮内胎児の脳の神経前駆細胞に、CRISPR-Cas9発現ベクターおよび遺伝子組み換えに必要な鋳型DNAを子宮内電気穿孔法で導入するというSLENDR(single-cell labeling of endogenous proteins by CRISPR-Cas9-mediated homology-directed repair)法を開発。この結果、数日以内に、導入細胞の数%で遺伝子配列の正確な組み換えを確認できたという。

また、SLENDR法では、生きている個体の脳において、単一細胞レベルで標的の遺伝子に特異的にタグ配列を挿入することができる。同研究グループはこれにより、胎児および成体脳の細胞内においてさまざまなタンパク質をナノメートルレベルの高解像度で可視化することに成功。これに加え、大脳皮質、海馬、嗅球、線条体、扁桃体、小脳などといったさまざまな脳領域でSLENDR法が応用できることも示しており、さらに、緑色蛍光タンパク質をコードする配列を挿入し、緑色蛍光タンパク質の蛍光を直接観察することで、生きている脳組織内のタンパク質の動きを経時観察できることを確認している。

同研究グループは、SLENDER法について、自閉症や統合失調症などの細胞モデルを生きている個体の脳の中で再現できると考えられるため、精神神経疾患の病態を解明するための新たなアプローチを提供するものであると説明している。

(左)SLENDR 法による正確な遺伝子配列の組み換えのイメージ (右)相同組換え修復によるタグ配列(目印)の挿入