国立がん研究センター(国がん)は5月9日、抗体薬物複合体(ADC)のがん組織中の薬物放出・分布を観察できる方法を確立したと発表した。

同成果は、国がん 先端医療開発センター 新薬開発分野、理化学研究所、島津製作所らの研究グループによるもので、4月21日付けの英国科学誌「Scientific Reports」に掲載された。

ADCは、抗体によってがん細胞に標的を絞り、抗体に付加した薬物をがん細胞内に直接届けることでがん細胞を攻撃し、かつ正常な細胞への影響を避けるという目的で設計された、新しいタイプのがん治療薬。免疫チェックポイント阻害剤に並ぶ次世代のがん治療薬として米国を中心に研究開発が行われているが、ADCが抗腫瘍効果を発揮するための必須条件「ADCががん細胞に到達する」「がん細胞中で薬を放出する」という2点を正確に評価する方法はなかった。

これまでADCの体内動態をみるには、付加した薬を放射性同位元素で標識する必要があったが、この方法ではコストが高く時間もかかるうえ、薬を放出する前と、放出された後の状態を見分けることができず、ADCが本当にがん細胞に到達しているのか、さらにそこで薬が放出されているのかまでは評価できなかった。

今回、同研究グループが確立した手法では、質量顕微鏡により、ADCから放出された薬剤を明確に同定することができ、また放出された薬がどこにどの程度分布しているかを定性的かつ半定量的に分析することができる。さらに、薬を放射性同位元素でラベルすることなく評価できるため、従来の方法に比べて正確ながん細胞への薬剤の分布がわかるうえ、コストや簡便性の点でも優れているといえる。

また、同研究グループは、血管外に漏れ出した血液の凝固反応が、がん細胞の表面や腫瘍血管、周囲の組織因子(Tissue factor:TF)の発現によって起こることに着目し、その組織因子に対する抗体を樹立。さらに、その抗体に、理化学研究所で作製したリンカーでMMAEという薬を付加したADC(抗TF抗体-MMAE 複合体)を作製した。このADCを担がんマウスに静脈注射し、質量顕微鏡を用いることで、ADCががん組織に運ばれ、MMAEががん組織中のがん細胞のかたまりのところで特異的に放出されていることを確認したという。

同研究グループは同手法について、今後、ADCの精巧な設計のためには欠かせない手法のひとつとして期待されると説明している。

質量顕微鏡によるADCでデリバリーされた薬剤 MMAEの腫瘍内分布評価。薬剤MMAEはADCに結合している状態では質量顕微鏡により検出されないが、ADC からリリースされてフリーの状態になって、初めて検出される