基礎生物学研究所(基礎生物研)は4月26日、日長時間でオスとメスが決まるミジンコの性決定機構にはパントテン酸(ビタミンB5)が関与することを見出したと発表した。

同成果は、岡崎統合バイオサイエンスセンター/基礎生物学研究所 豊田賢治研究員(研究当時 現:バーミンガム大学 日本学術振興会 海外特別研究員)、井口泰泉教授(研究当時 現:横浜市立大学大学院 生命ナノシステム科学研究科)、英国バーミンガム大学 Mark Viant教授らの研究グループによるもので、4月26日付けの英国科学誌「Scientific Reports」に掲載された。

ミジンコ類は性染色体を持っておらず、生息に適した環境ではメスを、一方で環境が悪化するとオスを産む環境条件に依存した性決定システムを有していることが知られている。これまでの研究で、節足動物が持つ「幼若ホルモン」という生理活性物質をミジンコ類の飼育水に添加することで、環境条件に関係なくオスの子供を誘導できること、また、ミジンコという和名がついたミジンコ(Daphnia pulex)のWTN6系統は、日長時間に応じてオスとメスを産み分けることが明らかになっていた。同系統は長日条件(24時間のうち14時間明、10時間暗)ではメスを、短日条件(10時間明、14時間暗)ではオスの子供を産む。

同研究グループは、この日長時間に応じたオスとメスの誘導系を駆使し、これまでに、オスの子供を産むためには母親ミジンコの体内で幼若ホルモンが合成される必要があること、そして、次世代シークエンサーを用いた網羅的な遺伝子発現(トランスクリプトーム)解析によってこの幼若ホルモンの生合成に関与する因子の同定に成功してきたが、今回、性決定期の母親ミジンコにおける網羅的な代謝物(メタボローム)解析を行った。

メタボローム解析は、アミノ酸、脂肪酸、有機酸といった生体内低分子を包括的に分析するものだが、この結果、オス誘導条件の母親において、メス誘導条件に比べて5倍以上も高い濃度でパントテン酸が蓄積していることが見出された。また、このパントテン酸の高蓄積がオス誘導に関与しているのかを調べるために、パントテン酸の投与試験を実施したところ、メス誘導条件でパントテン酸を飼育水に加えると約70%の母親ミジンコがオスを産むことがわかった。

パントテン酸は補酵素A(CoA)の構成因子のひとつであるが、幼若ホルモンはCoAを出発物質として生体内で合成されている。同研究グループは、今回の研究結果から、短日条件におけるWTN6系統ではパントテン酸が大量に合成・蓄積され、これらが幼若ホルモンへと変換されることで母親体内の幼若ホルモン濃度が上昇し、幼若ホルモンが排卵前の卵に作用することでオスの子供が産まれているのではないかと予想している。

今後は、パントテン酸のオス性決定における作用機序を明らかにするとともに、WTN6系統以外の系統や他のミジンコ種でも同様のメカニズムが存在するのかという比較解析を進めていく考えだ。

パントテン酸によるオス誘導メカニズムの仮説