故・松田直樹選手の姉「ふたりきりの病室で伝えた“ありがとう”」

 

もしもあのときAEDがあったら、彼は助かったかもしれない……。多くのファン、選手に愛されたサッカー元日本代表・松田直樹の訃報が全国を駆け巡ったのは5年前の夏のこと。悲しみの中、愛する弟の最期を看取った姉は今、ひとりでも多くの命が救われることを願い、自らも新たな1歩を踏み出したーー
(人間ドキュメント・松田真紀さん/第2回)

◇   ◇   ◇

猛暑の'11年8月2日、長野県松本市─。

前年の12月に16年間過ごしたJリーグの名門、横浜F・マリノスから戦力外通告を受ける屈辱を味わった松田直樹は、ジャパンフットボールリーグ(JFL)に所属していた松本山雅で第2のサッカー人生を踏み出していた。当時のJFLというのはJ1の2カテゴリー下の3部リーグ。クラブハウスもなければ練習場所も一定しておらず、選手の多くがアルバイト生活を強いられていた。発展途上のこのクラブで再起を図った彼は、チームメートにも地元の人々にも温かく迎えられ、この年のJ2切符獲得、そして最終的にはJ1昇格を本気で目指していた。

この日、松本山雅は午前9時から、郊外にある「梓川ふるさと公園多目的グラウンド」でトレーニングをスタートさせた。前日がオフだったため、この日はフィジカルトレーニングがメーン。真夏の暑さの中、15分間で3kmを走るという、負荷の高いランニングが行われていた。

その走りを2周遅れでゴールした松田は「ヤバイ、ヤバイ」と呻きながらいきなり倒れた。チームメートたちはいつものように冗談かと思ったが、明らかに様子が違う。

急性心筋梗塞――。

そのまさかが現実になってしまったのだ。

異常事態を察知し、山雅スタッフが人工呼吸をしたり、近くにいたチームメートやサポーターが声をかけたり、練習を見ていた看護師の女性が心臓マッサージを施したが、彼の意識は回復しない。救急車が到着し、信州大学病院に搬送されるまで50分もの時間が経過していた。

同年の松本山雅は信州大学病院に隣接する人工芝グラウンドでトレーニングを行うことが多かった。けれども、この日は夏休み期間中でほかの利用者がいて使えず、市内のあらゆるグラウンドも埋まっていたため、郊外のグラウンドで練習せざるをえなかった。そしてここにはAEDがなかった。まさかの不運が重なって、松田のアクシデントはより重篤なものになってしまったのである。

「直樹が心肺停止という連絡があったんだけど……」

同日10時過ぎに母・正恵さんからのショッキングな一報を受けた真紀さんは伊香保温泉にいた。趣味のフラダンス仲間数人と前日から泊まりがけで出かけていたのだ。

「前の日から何となく“おかしいな”と感じるところはありました。伊香保へ行く途中に車のエアコンが壊れたり、温泉に入っていても不安な気持ちに襲われたりしましたから。お母さんのメールで“心肺停止”って言葉を見たとき、いったい何が起きたかわからなかった。急いで家に戻り、お母さんを乗せて松本へ向かいました。“いったん帰って来れるよね”と、ろくに荷物も持たずに出発しました。直樹のことがインターネットのニュースに出た12時ごろは、まだ車を運転している最中でした」

数時間かけ搬送先の信州大学病院に到着。病室に入ると、人工心肺や点滴などいくつもの管につながれ、治療を受けている弟の姿が目に飛び込んできた。正恵さんが瞬く間に号泣、彼女自身も涙があふれ出た。

真紀さんは言う。

「私が救急救命医さんに“どうなんでしょう”と状態を尋ねると、その医師も私が看護師だとわかったからか“正直、厳しいですね”とストレートな言葉が返ってきました。ただ、実感は全然、湧かなかったですね」

その後、松本山雅の選手たち、マリノス時代のチームメートである中村俊輔や田中隼磨(現・松本山雅)、U─18(18歳以下)日本代表時代からの親友である佐藤由紀彦(FC東京アカデミーコーチ)らサッカー仲間が次々と病院を訪れた。

田中隼磨は2日、3日と連続して、当時の所属先である名古屋と松本を往復し、偉大な先輩の生還を祈り続けたが、4日昼過ぎに悲報を受けた。彼の記憶は、時間を経た現在も鮮明だ。

「午前中の練習後に亡くなったと聞いて、茫然となりました。正剛(楢崎)さん、アレックス(三都主アレサンドロ)、(田中マルクス)闘莉王(ともに前・名古屋)と4人で夕方くらいに名古屋を出て松本に行きましたが、車の中では誰も言葉を発しなかったですね。

病院に着いてユニホーム姿で寝ているマツさんに会わせてもらいましたけど、顔が笑っていて、今にも悪ふざけしそうだった。僕にはいつもそうでしたからね。本当に亡くなったことが信じられない思いでした」

真紀さんは足を運んでくれた彼らに会い、わずか2日間でも弟が生きる時間を持てたことに、心から感謝したという。

「直樹が倒れて搬送されるまで関わってくれた多くの方々や医療関係者のみなさんが、誠意と愛情を持って命のバトンをつないでくださった。だからこそ、弟は2日間という貴重な時間を得られ、そこで自分を支え、応援してくれた大勢の人たちに会うことができたんだと思います。私たち家族も、みんなそろって弟を看取ることができました。

ベッドに横たわる直樹を見てショックや悲しさを感じる一方で、“管につながれて生きることをこの子は望むのだろうか”という葛藤も正直ありました。2人きりになったとき、“本当にありがとね”と声をかけた直後から急に脈が弱まってきて、最後は眠るように息を引き取りました。

遺族にとっては、多くのみなさんが手を尽くしてくれた事実がいちばんの救いになる。そういうものなんだと実感しましたね」

このとき、松本には夏のシンボル・ひまわりの花が咲き乱れていた。そのまぶしいばかりの黄色の光景を真紀さんは決して忘れることはできない。弟の急死から4度の夏が訪れたが、今もひまわりの花を見るたびに胸が締めつけられるという。

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(文中敬称略)

取材・文/元川悦子
撮影/高梨俊浩

※「人間ドキュメント・松田真紀さん」は5回に分けて掲載します。第3回「華々しい活躍をする弟を陰から見守って」は明日11時配信です。


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