KKKに命懸けで立ち向かった伝説の男とは?「VSスーパーマン」に全米が興奮

 

ハッカー集団・アノニマスが先月5日、アメリカの白人至上主義団体「クー・クラックス・クラン」(KKK)の支持者とされる約1000人の個人情報をネット上で公表し、賛否両論が巻き起こった。一時はアメリカ全土で400万人のメンバーがいたとされるKKKだが、全盛期と比べた現在は影響力が低下。第二次世界大戦後、命懸けでそのきっかけとなった一人の青年がいた。

『スーパーマン対KKK』

その人物にスポットを当てた番組『スーパーマン対KKK』が30日18時から、ドキュメンタリーチャンネル「ディスカバリーチャンネル」で放送される。

南北戦争後のアメリカでは奴隷制度が廃止されたものの、差別は根深く残っていた。そこで誕生したのが、奴隷解放反対を掲げる組織・KKK。南軍の退役軍人たちによって1866年に創設され、当初は無害な組織だったが、結束を強めるために着用したマントや先のとがった覆面が周囲の恐怖心をあおり、白人至上主義を強硬に主張していく。

映画『國民の創生』がKKKを「南部の伝統の継承者」とたたえたことによって、1920年代に組織の人気が急上昇。同作は黒人をおとしめて白人と南北戦争を美化する内容で、感銘を受けた人々がこぞってKKKに加わった。その頃、フロリダ州に住むステットソン・ケネディは裕福な家庭で何不自由なく暮らしていた。家具店を経営する父、南軍退役軍人の娘の母は地域の有力者と交流があり、KKKの賛同者でもあった。

当時の黒人は貧しい暮らしを強いられていて、人種差別も当たり前の時代。ケネディは人種隔離の無意味さや黒人の置かれた状況に疑問を抱き、人種差別的な両親や白人に違和感を覚えていた。その後に「KKKを倒す」と心に決めたのは、誰よりも優しかった黒人の乳母がKKKに暴行されたことがきっかけだった。

絶頂期のKKKはワシントンDCの目抜き通りを占拠し、終点に到着した会員を出発点に戻して行進させるなど参加人数を多く見せる偽装工作を実施。一時期は複数の州議会を支配下に置くまで政治的な影響力を持ち、KKKに賛同する州知事や連邦議員まで現れた。偏見に満ちた家族から離れてフロリダ大に入学したケネディはわずか1年で退学し、4年もの間、地域の民謡や民話などの収集活動に従事したことでKKKへの嫌悪はより一層強まった。

民間伝承の収集家として頭角を現したケネディは、すぐに活動のリーダーに昇格。その後、活動から離れてからはKKKの実態を暴く記事を多数執筆した。一方、1940年代に入るとKKKの勢力は低下。最高指導者のサミュエル・グリーンは組織の復興を目指し、新会員の勧誘と退会者の再入会を推進していく。南北戦争の終戦以降のKKKは3,000人以上を処刑し、1946年にも数名が殺害されたという。

奴隷制度が終わっていないことを痛感し、KKKの勢力回復に危機感を抱いたケネディは、組織の弱体化を目指して潜入を決意。命懸けで入手した内部情報を、スーパーマンのラジオ番組プロデューサーに伝えた。その上で企画された番組は、スーパーマンが新たな敵であるKKKの野望を打ち砕くという筋書きで、全米にセンセーションを巻き起こした。ところが、KKKは激怒。内部情報を漏らした密告者を捜しはじめる。

(C)2015 Discovery Communications, LLC.

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