宇宙航空研究開発機構(JAXA)および鉄道総合技術研究所(鉄道総研)、東急テクノシステムの3者は11月11日、都内で会見を開き、小惑星探査機「はやぶさ」の技術に端を発した電力ピークカット制御技術の鉄道への応用に向けた共同研究を開始すると発表した。

すでにJAXAでは、「はやぶさ」で培った電力制御技術をエネルギーマネジメントシステム(EMS)に活用する取り組みを進めてきているが、今回の共同研究もそうした取り組みの1つ。今回の研究では、宇宙機として初めて「はやぶさ」が取り入れた電力のピークカット技術を応用して、鉄道網全体で消費する電力量を抑えつつ、ダイヤの遅延をできる限り起こさない技術の実現を目指す。

一般的に電気車(列車)は、速度が上がったり、加速度が上がるほど大きなエネルギーを消費する。朝の通勤時間帯、ダイヤが乱れ、遅れを取り戻すために加速をする、といったことが良くあるが、この時間帯が電力のピークであり、鉄道会社は電力事業者との契約を、このピーク時の電力で契約している。ただし、それ以外の時間帯は、そこまで電力を必要とするものでもなく、ほとんどの時間、変電設備の能力は余剰状態となっているという。

鉄道における変電所の電力推移例。電力料金はこのピーク時を元に設定されているため、これを抑えることができれば、コスト低減にもつながるが、ダイヤを維持することが最優先課題であり、それを前提とした電力抑制技術が重要となってくる

JAXA 宇宙科学研究所宇宙飛翔工学研究系教授、シニアフェローの川口淳一郎氏

今回の研究の肝は、各列車ごとに、ダイヤに対する遅れの度合いなどを判断し、ダイヤに近づくための走行を行うためには、どの程度の電力が必要かを提示。定められた上限値の中で、各列車が優先度を判断し、電力を融通することで、ピークカットを行おうという部分。従来のピークカットの考え方は、中央のサーバと、各末端のクライアントに分かれ、サーバが各クライアントと双方向でデータをやり取りし、膨大な演算を行い、それぞれに最適と思われる電力を割り振ろう、といったサーバを中心とした「専制君主型」とも言える方式であったが、「この場合、一定の範囲内での計算を行うとしても、新たに途中でその範囲に誰かが入ってきたり、誰かが出ていったりしたら、それを元に再計算を行う必要があり、莫大な計算資源が必要となる」(JAXA 宇宙科学研究所宇宙飛翔工学研究系教授、シニアフェローの川口淳一郎氏)とする。一方、サーバを用いず、参加者全員の「合議型」とも言える新方式の場合、「それぞれの列車が、自らがダイヤに対して、どの程度の優先度の存在かを考え、遅れの大きい電車に電力を割り当てる制御方式であり、言い換えれば、許される電力資源のもとで、常に最も遅れの大きい列車の遅れを最小化する方法を提供することが可能となる(mini-max)」とし、アルゴリズム次第では、ダイヤが乱れても、電力をそれほど消費しないで、もとのダイヤに戻すことが可能になるとする。

左が従来のサーバ・クライアント方式。サーバが各クライアントに情報の照会を行い、それに対して各クライアントが回答を送信。それを元にサーバが計算し、その結果を各クライアントに配信。各クライアントはその結果に従って、行動を行うといった手順となる。右が今回の方式。各個体ごとに独立して並列処理を行い、それぞれが独立して基準値をもとにした優先度を導き出して、それに従って行動するため、高速に制御することが可能だという

すでに3者は11月2日付で共同研究に関する調印を終えており、今後、本格的に研究を進めていくこととなる。研究の役割分担としては、JAXAが「電力ピーク技術の提案」、鉄道総研が「鉄道総研はシミュレータによる電力ピークカット効果の予測」、東急テクノが「東急テクノシステムは車両の改造や設備工事の知見」としており、具体的には東急テクノから、鉄道の運行データに関する各種パラメータなどを鉄道総研に提供、鉄道総研にて、開発されたアルゴリズムを元にシミュレーションを実施し、どの程度の効果があるのか、といったことの検証を行う。「ではJAXAは何をするのか、という話が出てきそうだが、我々としては、運行に遅れがある際のシステムの安定性の検討などを行っていく」(川口氏)とのことで、3者で実用化に向けて3年を1つのめどとして行っていくとする。

3者の研究におけるそれぞれの役割の概要

また、将来的には東急電鉄の車両を使って、実証実験も行いたいとしており、シミュレーションで良い結果が得られれば、実際にそれを実現するためのソフトウェアやハードウェアの開発も行っていきたいとしている。

左が列車の運行と電力の関係イメージ。加速している列車で大量に電力が消費され、回生状態などは電力がほとんど消費されない、もしくは回生によって発電され、ほかの列車に回される、といったことが起こっている。これらの列車の位置や速度、遅れの状況、消費電流、回生電流などのパラメータを活用する(中央)。右は、障害物が線路上にあり、遅れが生じた際のダイヤ回復の例。一番遅れている列車を高い優先度として電力の消費量を多く、遅れが少ない列車の優先度を低くして、電力の供給を抑えることで、電力を基準値から超過してダイヤを復帰させた場合とほぼ同等の早さでダイヤの乱れが解消できることが確認された例