予断を許さないフォルクス・ワーゲン(VW)問題

ドイツ自動車大手フォルクス・ワーゲン(VW)による不正な排ガス規制逃れが発覚してから1カ月が経過した。この問題は「ギリシャ・ショック以上の経済危機に発展しかねない」との見方もあったが、今のところ市場が大きく動揺する様子は見られない。同社の株価は不正発覚直後こそ大きく下落したが、その後は下げ止まっている。また、ユーロの対ドル相場は不正発覚直後の水準を上回っており、この問題を楽観視しているようにも映る。

とはいえ、同社を取り巻く情勢は予断を許さない。全世界で1100万台に及ぶ不正車両のリコールや損害賠償などに係る費用は、大手欧州銀の試算によると350億ユーロ(約4.7兆円)に上るとされる。仮に多少減額されたところで経営悪化は避けられないだろう。場合によっては政府支援が必要になるかもしれない。仮に支援を免れたとしても、同社の経営悪化はドイツ経済に悪影響を及ぼすだろう。ドイツでは輸出がGDPの約50%を占めており、その輸出の約18%が自動車関連で占められている(2015年4-6月期)。さらに、労働者の5人にひとりが自動車関連に従事しているとされる。こうした点からは、自動車産業の不振が成長減速に繋がりやすいというドイツの経済構造が窺える。

最終的にはユーロ安要因として作用する公算が大きい

もっとも、この問題には必ずしもユーロ安要因とは言えない面があり、足元のユーロの底堅さにはそうした面が表れていると考えられる。

VW社は、問題発覚後これまでに対応費用として65億ユーロ(0.88兆円)を計上しているが、上記の試算に鑑みればこれでは到底賄えない公算が大きい。同社が海外資産を取り崩して資金手当てに動くとすればユーロ高要因になり得る。リコール等の費用が最も嵩むのは、不正車両1100万台のうち850万台を占めるEU域内と考えられるため、ユーロへの資金環流の思惑が高まりやすいという事情もある。また、超低金利のユーロはいわゆる「キャリートレード」の原資となる事が多い事から、リスク回避局面においてユーロ買い戻しを促しやすい。このように短期的なフローの面から見れば、この問題はユーロ高要因との解釈が可能である。

しかしながら、最終的にはユーロ安要因として作用する公算が大きいと考えるべきだろう。VW問題がドイツの輸出減少に繋がる公算が大きい上に、そうした域内景気の落ち込みを支えるべく、欧州中銀(ECB)が追加金融緩和に踏み切る可能性も小さくない。早ければ10月22日のECB理事会で追加緩和に関する地ならしが行われる可能性もあるだろう。また、今回の不正を摘発した米環境保護局(EPA)は、VW社が米国内で販売した不正車両48.2万台について、最大で180億ドル(約2.1兆円)の制裁金を科す可能性があるとしている。VW社から米側への巨額の支払いは、将来的にユーロ売り・ドル買い材料として意識される可能性があろう。

執筆者プロフィール : 神田 卓也(かんだ たくや)

株式会社外為どっとコム総合研究所 取締役調査部長。1991年9月、4年半の証券会社勤務を経て株式会社メイタン・トラディションに入社。為替(ドル/円スポットデスク)を皮切りに、資金(デポジット)、金利デリバティブ等、各種金融商品の国際取引仲介業務を担当。その後、2009年7月に外為どっとコム総合研究所の創業に参画し、為替相場・市場の調査に携わる。2011年12月より現職。現在、個人FX投資家に向けた為替情報の配信(デイリーレポート『外為トゥデイ』など)を主業務とする傍ら、相場動向などについて、WEB・新聞・雑誌・テレビ等にコメントを発信。Twitterアカウント:@kandaTakuya
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