国立精神・神経医療研究センターの山村隆(やまむら たかし)神経研究所免疫研究部長らの研究グループは、神経難病である多発性硬化症のうち特に高度の神経障害を残す二次進行型で、エオメスというタンパクを発現する新型リンパ球が重要な役割を果たすことを明らかにした。このリンパ球は神経細胞を障害する物質を分泌して脳や脊髄の慢性炎症を引き起こすことが分かっていたが、研究グループは、マウスモデルでこのリンパ球が病気の発症に関係することを証明した。

二次進行型患者の血液や髄液でも、この新型リンパ球が増加していることが分かり、新型リンパ球を阻害する薬剤により、二次進行型や炎症を伴う神経変性疾患が治療できる可能性がある、という。今後の研究の進展により治療薬開発につながる成果と期待される。研究成果は英科学誌電子版ネイチャーコミュニケーションズに掲載された。

多発性硬化症は、中枢神経系の炎症性脱髄疾患で厚生労働省指定難病。推定で、国内で約15,000人、世界では200万から300万人の患者がいる。脳や脊髄に炎症が起き、視力障害や手足のまひ、感覚障害、高次機能障害などの症状が現れる。病巣では中枢神経系の神経軸索を覆うミエリンという被膜が破壊されるが、重症例では神経細胞や神経軸索まで傷害することがある代表的な自己免疫疾患。発症の初期には多くの患者で症状の増悪と軽快を繰り返す。この再発寛解型では、寛解期には通常の生活が可能だが、ある時点(発病から数年から20年後)から症状が徐々に悪化し、つえや車椅子が必要な状態になるケースが多く、認知機能の障害も進む。このような状態を二次進行型と呼ばれる。日本人患者の20%前後、欧米患者の半数以上が二次進行型に移行するといわれている。再発寛解型にはインターフェロンβなどの薬が開発されていたが、二次進行型の治療法は確立していなかった。

研究グループは、免疫細胞中にある分子の核内転写因子(NR4A2)と再発寛解型との関連について研究を進め、再発寛解型患者の末梢血リンパ球でNR4A2が増加していることを10年前に解明。その後の研究で、NR4A2は自己免疫病を誘導する免疫細胞の制御因子で、NR4A2の働きを抑えることで、多発性硬化症の動物モデルである「実験的自己免疫性脳脊髄炎」の症状が改善することを証明していた。この成果を基に今回、マウス実験で、NR4A2とは別の核内転写因子で、エオメスを発現する新型のリンパ球によって、二次進行型に類似した病気が引き起こされることが分かった、という。

人間での病態との関連をみるために、健常者、再発寛解型患者、二次進行型患者それぞれの末梢血の、新型リンパ球(エオメスが陽性になっているヘルパーT細胞)の数を比較したところ、二次進行型患者で著しく増加。この型の患者の脳脊髄液中では、新型リンパ球がさらに増えていて、マウスだけでなく患者でも、この新型リンパ球が二次進行型の病態で重要な役割を果たしている可能性が示された、という。

研究チームは、新動物モデルを確立して実験的なアプローチが初めて可能になり、これまで手付かずだった二次進行型の病態解明と、新治療法の開発研究が飛躍的に進んだ、としている。歩行障害や認知機能障害の進行を止める治療薬が開発されれば、世界中で数10万人以上と想定される二次進行型患者の症状の改善や進行予防に役立つ。

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