夏場のリラ安加速

2015年のトルコリラは主要通貨に対して下落基調を強めており、夏場以降にその動きが加速している。トルコリラ/円相場が9月15日に38.892円の史上最安値を付けた他、ドル/トルコリラ相場が3.0695リラ(9月14日)、ユーロ/トルコリラ相場が3.4796リラ(9月14日)と、足元でリラの史上最安値更新が相次いでいる。こうしたリラ安の背景には、以下の5つの要因が重なっていると考えられる。

(1)ドル高(米利上げ観測)

米国が利上げ志向を強めると、ドルの魅力が増すため、新興国通貨が売られるケースはこれまでにも散見された。1997年から98年にかけてのアジア通貨危機などがその代表的な例だ。トルコは経常赤字(借入れを海外に頼っている)国のため、他の新興国よりも資金流出懸念が増幅されやすい。なお、米連邦準備制度理事会(FOMC)は9月16-17日の会合では利上げを見送ったが、イエレン米連邦準備制度理事会(FRB)議長は年内の利上げ開始の可能性が高いとしており、市場は12月の利上げをメインシナリオとして考えている模様だ。

トルコリラ相場(週足終値)

(2)世界的株安

米国の利上げ観測と中国の経済減速懸念が世界規模で株価の下落を引き起こした。2015年8月の各国株価指数は、日経平均が8.2%の下落、NYダウ平均が6.6%の下落、独DAXも9.3%の下落となった他、中国・上海総合は12.5%と世界規模で総崩れの状態であった。株価の暴落は、市場全体が先行きに強い懸念を抱いた証左であり、為替市場では安全通貨とされる円を買う一方、資源国通貨や新興国通貨を売るという「リスク回避行動」が顕著になった。世界の株式市場は9月に入りやや落ち着きを取り戻しているようにも見えるが戻りは鈍い。再び不安定化する可能性を排除できないだろう。

(3)治安悪化

トルコ政府は、イスラム過激派組織(IS)との全面対決を避けてきたが、2015年7月にスタンスを明確に修正した。シリア国境近くでISの攻撃を受けたトルコ軍兵士1人が死亡すると、トルコ政府は直ちに反撃を開始し、ISの陣地に激しい攻撃を行った。また、トルコ軍はこれと並行してISと対立関係にあるクルド人武装組織(PKK)にも空爆を行うなど、状況は3つ巴の戦いの様相となっている。そうした中、8月にはトルコ最大の都市イスタンブールでPKKによる爆弾テロが発生するなど、治安の悪化がトルコ全土に拡大しつつある。改めて言うまでもないが、治安の悪化はトルコへの投資意欲を減退させる要因となる。

(4)高インフレ

2015年8月のトルコ消費者物価指数は前年比+7.14%と、一時ほどではないにせよ高水準にあり、トルコ中銀(TCMB)のインフレ目標(5.0%)を大きく上回っている。為替の教科書では、モノの価値が上昇する(物価高)と、カネの価値が低下(通貨安)するとされる。トルコの場合、政府が物価情勢よりも景気動向を重視する傾向にあり、TCMBにインフレ対策の利上げを行わないよう圧力をかける事が多いという特殊事情もある。

消費者物価指数(前年比)

(5)政局不安

6月のトルコ総選挙で過半数の議席を獲得した政党がなかったため、第1党となった公正発展党(AKP)は、他党との連立政権を樹立する必要があったが、8月にこれを断念。エルドアン大統領率いるAKPは11月に再選挙に打って出る方針を固めた。9月時点では、選挙管理内閣が国政を担っているが、暫定内閣のため外交・経済の諸問題への取り組みが疎かになるとの懸念がくすぶっている。また、大統領の権限強化を巡るトルコ特有の政治問題も、通貨安要因として認識されている。エルドアン大統領はTCMBに利下げ要求を突きつける場面がこれまでにも度々見られたが、国際金融市場はこうした大統領の姿勢に対して、中央銀行の独立性を損なうとして批判的な立場を取る事が多い。

総悲観の中に…

ここまで見てきたように、ドル高や世界的株安という外部要因に加え、治安悪化・高インフレ・政局不安という内部要因が重なった事で、2015年夏場以降にトルコリラ相場の下落に拍車がかかった。米FOMCの利上げ方針を鑑みれば、ドルが一段と上昇する可能性は否定できないだろう。また、世界的な金融緩和の効果で値上がりしていた株価にはまだ調整余地があるのかもしれない。さらに、トルコの治安の悪化は、現段階では解決の糸口さえ見つけられない状態だ。高インフレは新興国の体質病のようなものであり、急速な体質改善は望み薄だろう。政局不安についても総選挙を通過すれば改善するという類のものではなさそうだ。そうなると、内外両面からのリラ安圧力は当面かかり続けるとの見方が広がっても不思議ではない。

しかしながら、総悲観の状態が市場で永遠に続く事はない点にも思いを巡らせるべきだろう。悲観論が席巻する中では見過ごしがちなプラス面に目を向ける事は、来るべき相場反転への備えという意味からも必要と思われる。「相場は悲観の中に生まれる」との格言もある。足元のトルコリラ安は、長期投資家にとっては仕込みのチャンスと言えるのではないかと考えている。

トルコ主要輸出先(2013年 出所 : JETRO)

トルコの成長期待

今後数年から数十年という長いスパンで見ればトルコ経済の成長が見通せる点が、リラの強みと再認識される日がいずれ来るだろう。トルコ経済のカギを握る輸出は、地理的に近いEU向けが41.5%に上り、自動車部品や一般機械が主要輸出品目である。2015年1-6月期の世界自動車販売台数でVW(フォルクスワーゲン)がトヨタを抜いて首位に立つなど、ドイツを中心に欧州の自動車産業が好調な点はトルコにとって追い風と言えるだろう。冒頭で示したように、トルコリラの対ユーロ相場は史上最安値圏で推移しており、今後こうしたユーロ高・リラ安の好影響が貿易収支の改善などに現れてくる可能性が高い。また、トルコの輸入品目のトップである鉱物性燃料(石炭・石油・天然ガスなど)の価格下落は、同国の「泣きどころ」である経常赤字の減少要因になり得る。

NY原油

その他、トルコ政府は2023年のトルコ建国100周年に向けて鉄道網の延長などの大型インフラ整備を計画しており、エルドアン大統領は2023年までに経済規模で世界10位以内を目指すと宣言している。こうした長期にわたるインフラ整備を後押しするのが同国の人口構成における若年層比率の高さだ。下の表のように日米と比べ年齢構成の比率が大きく違い、当分は労働力不足の心配がない事がわかる。これは、国内需要が減退する可能性が低く、成長余地が大きい事を物語っている。

長期資産運用

新興国であるトルコが抱える様々なリスクをどれだけ容認できるかが同国への投資のカギであり、そうしたリスクの代償として他よりも高い金利が付与されるという事だろう。長期資産運用の対象としてトルコリラの魅力は小さくないと考えている。

執筆者プロフィール : 神田 卓也(かんだ たくや)

株式会社外為どっとコム総合研究所 取締役調査部長。1991年9月、4年半の証券会社勤務を経て株式会社メイタン・トラディションに入社。為替(ドル/円スポットデスク)を皮切りに、資金(デポジット)、金利デリバティブ等、各種金融商品の国際取引仲介業務を担当。その後、2009年7月に外為どっとコム総合研究所の創業に参画し、為替相場・市場の調査に携わる。2011年12月より現職。現在、個人FX投資家に向けた為替情報の配信を主業務とする傍ら、相場動向などについて、WEB・新聞・雑誌・テレビ等にコメントを発信。
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