ネット上では情報だけでなく、BtoCのビジネスもボーダーレス化している。とは言っても、海外向けのECサイトを作れば済むという話ではない。

当初は調剤薬局向けの食品メーカーであった 一心堂本舗が、思いがけない市場の反応をキッカケに、アリババグループの運営する中国最大級のショッピングモール「天猫(Tmall)」の国際版「天猫国際(Tmall Global)」への出店に乗り出した。

その理由と目的、そして越境ECの難しさを、同社代表取締役社長 戸村憲人氏に伺った。

一心堂本舗 代表取締役社長 戸村憲人氏

ネット上のブームだけならよかったが……

戸村氏は2011年9月、一心堂本舗を設立。「江戸時代に貝原益軒が著した養生訓を現代に用いる」をコンセプトに、健康感のある菓子などを調剤薬局へ卸売する事業を始めた。 

転機が訪れたのは2013年4月。銀座の歌舞伎座リニューアルの際に商品の提案に出向いた際に、同施設内に販売ブースを持つこととなり、土産物向けに歌舞伎をモチーフとした商品の開発を始めた。その中の1つが、のちのヒット商品となる「歌舞伎フェイスパック」だ。

市川染五郎監修による隈取りをデザイン。型抜きコストやインクの成分が美容液に溶けるリスクなど、多数の課題をクリアして実現した

上野動物園とのタイアップによるジャイアントパンダとスマトラ虎のフェイスパック。どちらも絶滅危惧種で、売り上げの一部が保護基金に寄付される

「パッケージの内側には歌舞伎の説明を日本語と英語で入れるなど、ただ楽しいだけでなく、文化を知ってもらう商品にしたいと考えました。特に開発の初期段階では、他製品とコラボレーションの少ないコンテンツ(ここでは歌舞伎)とのタイアップで、驚きのある企画を狙いました」(戸村氏)

同フェイスパックは、徐々にネットにてクチコミが広がり、話題に乗ったタレントがフェイスパック写真をSNS上にアップしたことから、メディアでも相次いで紹介された。

その最中の2014年11月、同社のオンラインショップへ突然中国から大量の注文が届いた。調べてみると、女優のアニタ・ユンや蒼井そらなどの有名人が微博(ウェイボー : 中国版のTwitter)に同フェイスパックを着用した写真を投稿し、それがテレビに出たことで注文が殺到したことが原因だった。後に、中国のECサイトでの転売が相次いでいることが判明したほか、1カ月ほど過ぎた頃、転売だけでなく模造品を作って販売する企業も多数確認されるようになった。

「中国の消費者に向けて、『本物はこちらです』とアナウンスをしたいのですが、輸出となると非常に時間がかかってしまう。スピードを考えて越境ECという手段を選択し、商品を提供すると同時に消費者とコミュニケーションを取っていこうと考えました」(戸村氏)

中国に行けば儲かる、わけではない

当初は全く予定していなかった海外進出だけに、経験もノウハウもない。そこで助けになったのがアリババが提供するモール「天猫(Tmall)」の国際版「天猫国際(Tmall Global)」への出店サポートプログラムだ。

中国では独自運営のECサイトは受け入れられにくい傾向があり、そもそも海外法人が独自にECサイトを開けないという事情もあったという。戸村氏が出店を検討した時点で、唯一海外企業の出店が可能だったのが天猫国際(Tmall Global)であり、年間8.33兆円(2014年度時点)という流通規模などから考えても最適と判断した。

なお、同モールは現在、ブランド力や商品力などからアリババに承認された企業だけが出店できる仕組みを採用しており、同社はフェイスパックの人気から出店が認められたのだ。(一方、天猫(Tmall)では、中国に法人を設ける企業のみ出店が可能となる)

店舗は6月にオープン。出荷は国内からEMS、および杭州保税区に借りた倉庫から行っている

海外へのEC出店においては、言葉の壁だけでなくネット上の適切な振る舞い方や集客方法など、出店先の事情に応じた対応が必要になる。

アリババでは、出店申請から店舗ページの構築、価格戦略、物流、決済方法といった一通りの出店サポートに加え、売り上げから一定の費用を支払うことで日々の運営サポートにも対応する。特に、利用者とのやりとりがチャット中心で、ほとんどの利用者が購入時になんらかのコンタクトを取るため、問い合わせ対応のサポートは欠かせないという。

「モールの店舗はお客様に格付けされるため、とにかくお客様対応で失敗しないことが大事ですが、最初からそうはいかないので、その部分はすべてお任せしています」(戸村氏)

初対面の企業同士が力を合わせ、ひとつのプロジェクトを完遂する労力は想像に難くない。戸村氏は「出店まで3カ月半くらいでしたが、相当大変でした」と振り返る。

しかし、店舗の運営が始まってからはさらに大変だ。例えば、アリババの担当者から金曜の夜中に「クーポンを発行したい」とWeChat(中国版無料メッセンジャーアプリで、中国語では微信 : ウェイシン)で要請が届き、土曜の朝に決定し返信する。キャンペーンのトップページで陳列枠を取るために99元(約2000円)の商品を100個提供してほしいと朝8時に連絡があり、正午までに決定して返信するなど。経費や販売価格に関する決定も、このスピード感に対応しなくてはならない。

「とにかくこの1年は、やっていく中で反応を分析し、市場を知っていこうと考えています。そういう意思を持ってやらないと、経費がかかるばかりになってしまう。受け身では続けられません」(戸村氏)

越境ECにおいて、出店はスタートにすぎず、そこからの開拓と継続は自らの知力体力勝負。それはインターネット人口6億人と言われる中国でも同じことだ。戸村氏は「中国に店を出せば売り上げが上がる、というのは妄想」と、規模だけで中国市場を見ることに釘をさす。

転ぶことも承知で走り続ける

天猫国際(Tmall Global)における一心堂本舗の公式店は6月にオープンしたばかりで、本格的なプロモーションはこれから。戸村氏は「作戦は立てていますが、うまくいくかはまだ分からない」と言う。模造品が出回る市場に乗り込み、ブランドを確立していくためには、超えなくてはならないハードルは多い。

「すぐに利益を上げたいわけではなく、ブランドを知ってもらうために長期的な視野で出店をしています。ここ10年から20年は、中国市場を無視してはやっていけないと思うので、その中で最初の1年くらいは勉強と考え、振り回されながら経験値にしていきたいと思っています」(戸村氏)

また、同社は7月10日より、北京京劇院監修による「京劇フェイスパック」を日本・中国にて同時発売を開始する。これは、中国ECへの出店後初となる戦略商品だ。越境ECに踏み出すきっかけは思いがけぬ市場の反応だったが、芯の強さと対応の速さで、走りながら戦い方を身につけようとしている。

中国政府から重点京劇院団に認定されている「北京京劇院」監修による「京劇フェイスパック」を発売