人の小脳運動学習を短時間で測定し、新しい指数で定量的に評価する方法を、東京医科歯科大学の水澤英洋(みずさわ ひでひろ)特任教授、横田隆徳(よこた たかのり)教授、 石川欽也(いしかわ きんや)教授らが世界で初めて開発した。「体で技を覚える」運動学習には小脳が重要な役割を果たしている。この運動学習に関して、誰にでもできる手の運動による適応力を見て数値化するシステムを確立した。脳の老化や小脳疾患の診断、治療効果の判定などの臨床応用が期待されている。理化学研究所脳科学総合研究センターの永雄総一(ながお そういち)チームリーダーとの共同研究で、3月18日付の米オンライン科学誌プロスワンに発表した。

図1. 開発された小脳機能評価法。タッチパネル画面上にランダムに出現する標的(白丸)を人差し指でタッチすることを繰り返し、視線をずらすプリズムを付け装着時と非装着時に標的とタッチ位置のずれを検出し、新しい環境へ適応しているかどうかをみる。下段の左が健常者、右が小脳疾患患者のデータ。標的から右へのずれをプラス、左へのずれをマイナスとした。(提供:東京医科歯科大学)

記憶には、大脳が主として担う名前などの記憶と、ボールを打ったり自転車に乗ったりするなど、繰り返し練習して上達して体で覚える記憶がある。後者が運動学習で、小脳が関わる。この運動学習を客観的に測定できる簡便な方法がなかった。このため、運動学習がどのように維持され、老化で低下するのか、小脳に障害がある患者で運動学習がどの程度障害されているのかなど、不明な点が多かった。

図2. 運動学習を評価する指数AIで人の脳老化の検出と小脳疾患の診断。AIは0.000~1.000の範囲で非連続値をとり、0が適応なし、1が最適応となる。左図は年齢とAI、また健常者と小脳疾患患者の関係をプロットした。年齢に関係なく、健常者(●□)では小脳疾患患者(▲▽)よりも AIが高い値をとる。また、健常者でも70歳を超えたあたりからAIが低下して、個人差が大きくなる。右図はAIを棒グラフで示した。(提供:東京医科歯科大学)

そこで研究グループは運動学習を定量化できる機器の開発に取り組んだ。パネル画面上にランダムに表示される標的を人差し指でタッチする運動に着目した。水平方向に視線をずらすプリズム装着の有無で、このタッチ運動を繰り返させて、小脳の運動学習を評価するシステムを開発した。プリズム装着で標的とタッチ位置が大きくずれるが、健常者は急速に新しい環境に適応して標的をタッチできるようになった。

小脳疾患の患者ではプリズムなしでも標的のタッチがばらついた。プリズムをつけても、タッチ位置のばらつきは変わらず、繰り返しても、ずれの状態はあまり変化しなかった。この手のタッチ運動によるプリズム適応を用いたシステムは、ヒトが運動を学習する過程をリアルタイムに20~30分の短時間で測定できる。標的へのタッチのずれを基に、適応の獲得、記憶の保持、記憶の消去の程度から適応力指数(Adaptability index、AI)を算出して、定量評価することを可能にした。

このAIで人々の運動学習機能を測定した。70歳未満では高いレベルで運動学習機能が維持されていた。70歳以上では運動学習機能が低下して、個人差が大きくなることがわかり、小脳の老化を検出できる可能性を示した。また、健常者と小脳障害患者を明瞭に識別できた。軽微な小脳異常としか診断できない患者でも、AIは明確に下がっていた。小脳に大きな異常がない患者ではAIの低下が見られなかった。小脳疾患の臨床的な評価尺度として普及している現在の手法より敏感で、重症度の診断にも極めて有効なことを実証した。

水澤英洋特任教授らは「これまで小脳機能は専ら主観的に評価されてきたが、客観的に短時間で定量評価するタッチパネル方式のAI検査を導入すれば、脳の老化、病気のより正確な診断、治療効果の判定などさまざまな応用が期待できる。現在、企業が装置を開発しており、臨床応用を目指している。この装置で新しい基礎研究も展開できる。脳の発達、認知症の診断、自閉症や統合失調症といった精神疾患への応用の可能性も探りたい」としている。