ジャーナリストの池上彰が司会を務める1月14日放送の特別番組『阪神淡路大震災20年 生死を分けたドキュメントが語る!池上彰の生きるための選択』(TBS・MBS系 19:56~21:54)の収録が7日、大阪市内で行われた。

阪神・淡路大震災20年特番「池上彰の生きるための選択」で神戸市東灘区の阪神高速道路の倒壊現場を再訪した池上彰

1995年に発生した阪神・淡路大震災、2011年の東日本大震災で実際に起こった、被災者の"生死を分けたドキュメント"を再現VTRなどで検証しながら、その体験が伝える"生きるための教訓"を学ぶ同番組。収録には、20年前に兵庫県宝塚市内の自宅が全壊した間寛平・慎太郎親子、京都市内で震災を経験した俳優の高橋英樹らもゲストとして参加し、当時の被害を振り返った。またスタジオでは、都心で大地震が発生した場合に起こり、深刻な火災の被害をもたらすといわれている炎の竜巻「火災旋風」を再現する実験も行われ、小さな炎が瞬く間に数倍の高さにおよぶ火柱へと変わるさまに、ゲスト陣が「恐ろしい」と思わず息を呑む一幕もあった。

さらに番組では、阪神・淡路大震災の発生直後にNHKの記者として被災地を取材した池上が、20年ぶりに同じ現場を訪れる様子も放送。当時、自身がカメラで撮影した被災者の少年とも再会を果たした池上は「当時は9歳だった子が今は大人になって、結婚もして子どももいると。感動的な出会いでした」と目を細めた。

20年前、池上はNHK『週刊子どもニュース』に出演。同番組の"お父さんリポーター"として「現場で何があったかをいち早く子どもたちに伝えたい」と震災の2日後、スチールカメラを手に単身神戸へ向かい、当時は甚大な被害で交通機関が分断されていた西宮北口から三宮への道のりを自転車で移動しながら撮影したという。「それまでにも私はNHKの社会部の記者としていろんな被災地に行っていましたが、大きな被害の被災地は一定の場所に限られるんですよね。でも、このときは行けども行けども被災地。衝撃的でした」と池上。「建物がすべて傾いていて、しかもそれぞれが別の方向に傾いているから、水平と垂直の感覚がわからなくなって、船酔いのようになってしまったのを覚えています」と当時を振り返った。

1923年の関東大震災でも発生したという「火災旋風」をスタジオで再現

それから20年ぶりの再訪で「当時の様子が思い出せないぐらい街がすっかり変わってしまっていた。つまり“復旧”はしたわけですよね。でも、長田区あたりの建物や人口は減っているし、人々の元気や豊かさという意味での“復興”はしたのかな?というと、難しいですね」との感想を持ったという池上。「今、東日本ではまさに“復旧”が行われていますが、“復興”ができるのか?については20年前の阪神・淡路大震災から学ぶことも多い。そして番組には、震災が起こったときに“何が生死を分けたのか?”というキーポイントがいくつも出てくる。それをぜひ知っていただきたい。あって欲しくないんですけど、また震災が起こったとき、それさえ知っていれば、自分や家族の身を守る助けになるのではないかと思います」と話した。