優れた五感を生かし犯人を追跡、捕獲する警察犬。麻薬捜査班としても活躍します。指示を的確に守る警察犬の姿には心を動かされます。犬は裏切ることがないので人間よりも信用できるという人もいるくらいです。

その一方で「警察猫」というのは余り聞きません。猫の並外れた運動神経であれば警察でも活躍できるように思えますが、なぜ警察猫は存在しないのでしょうか。

理由その1 猫は好きなことしかしない

これが最大の理由ではないでしょうか。基本的に猫は指示をしても言うことを聞きません。集団生活が基本の犬とは対照的に、猫は親猫から離れたあとは単独生活で、チームプレーとは無縁の動物です。人間と暮らすようになってもその性格は変わらず、基本的に自分がしたいこと、楽しいことしかしません。

犬とは違い、人間に褒められたいという欲求もないので芸を覚えさせるのも至難の技です。また猫が失敗や悪いことをしたからといって叱ってはいけません。猫は反省をしないからです。なぜ叱られたのかと考えるのではなく、叱られたことに対してストレスを感じるだけです。厳しい秩序と忍耐が求められる警察官は、マイペースな猫にとって最も向かない仕事の1つでしょう。

ただし猫は芸や決まり事を覚えられないわけではありません。クリッカーという音を鳴らす道具を使ってお手やゴロンなどの簡単な動きを覚えさせることができます。

また猫映画の傑作と名高いロシア映画の「こねこ」では猫たちが名演技をみせています。この映画で猫に演技指導をしたロシア人のアンドレイ・クヅネツォフさんは、猫に演技をさせるコツについて、「猫は自分が好きなことしかしないので猫にいかに楽しんでもらえるか工夫することが大切である」と説いています。「猫には芸ができない!」と思っている方は一度「こねこ」を見てみると良いでしょう。

理由その2 嗅覚では犬に負ける

犬の嗅覚は人間の100万倍優れているといいます。人間が、「臭いがあるな」と判断できる量の、100万分の1のかすかな量の臭い粒子でも犬は感知することができるのです。犯人を追跡する、空港で麻薬を発見するなど嗅覚は警察の仕事の様々な場面で生かすことができます。猫も人間よりは鼻が効きますが犬には勝てません。

一方猫の特技は聴覚です。人間の5倍ほど高い周波数の音まで感知することができます。しかし警察猫として働くときに聴覚を生かす状況はそれほどありません。

また、犬と比べて垂直方向の動き、つまり木登りやジャンプが得意ですが、この能力もあまり発揮される機会がありません。やはり猫の能力を生かすには、ネズミの鳴き声を聞き取り食べる仕事と、屋根裏にも登る必要がある倉庫番の仕事が向いているようです。

かつてアメリカはスパイ猫を養成したことも

アメリカ中央情報局(CIA)は1960年代に猫によるスパイ活動を試みたことを明らかにしています。それがアコースティックキティ計画です。猫に小型マイクとアンテナを設置し、市街地での盗聴を試みました。スパイ猫は十分な訓練を受けワシントンDCの旧ソビエト大使館近くの公園に配置されましが失敗に終わっています。

猫が会話している男に近づこうとした時に、タクシーにひかれて亡くなってしまったそうです。アコースティックキティ計画は総額2000万ドルと5年の歳月を無駄にしたこと、また倫理的な問題から、発表当時は米国内でも大きく非難されました。

唯一(?)活躍した警察猫のルーシク

雄猫のルーシクはロシア南部スタブロポリで、カスピ海からの密輸ルートに設けられていた検問所で活躍しました。荷物の中にチョウザメやキャビアが紛れ込んでいないかチェックすることがルーシクの仕事です。捨て猫だったルーシクは検問所の係官に拾われ、押収されたチョウザメを食べて育ちました。

そのため前任の警察犬よりも鼻が効きキャビア探知専門の警察猫に抜てきされました。実際の嗅覚では猫が犬に勝てるはずがありませんが、「好きな食べ物を見つける!」という動機があれば犬よりも真面目にキャビアを探すなんて、何とも猫らしいともいえます。

まとめ

猫が警察で働くのであれば、猫にとって楽しい仕事であることが絶対条件になるでしょう。猫は「やりがい」がないと働かないのです。そして高度な聴覚と、運動神経が求められる職場であれば、猫の優位性を発揮できるでしょう。

最後に、警察猫ではありませんが、南極に行った猫のお話を紹介します。南極物語で有名な樺太犬のタロとジロが乗っていた船に、実はタケシというオスの三毛猫も同行していました。タロやジロ達の仕事はもちろんソリを引くことでしたが、タケシは昭和基地でひたらすら隊員を癒やしていたそうです。やはり猫は実務をこなすというよりは癒やし担当の仕事の方がむいているのかもしれませんね。

■著者プロフィール
山本宗伸
職業は獣医師。猫の病院「Syu Syu CAT Clinic」で副院長として診療にあたっています。医学的な部分はもちろん、それ以外の猫に関する疑問にもわかりやすくお答えします。猫にまつわる身近な謎を掘り下げる猫ブログ「nekopedia」も時々更新。