いったん心肺停止してからの蘇生措置で心拍が再開した後に、水素ガスを吸入させることによって、生存率や脳機能低下を改善することを、慶應義塾大学医学部の林田敬(はやしだ けい)特任助教(救急医学)と佐野元昭(さの もとあき)准教授(循環器内科)らがラットの実験で発見した。救急医療現場で心肺蘇生患者の社会復帰率を改善する新しい治療法として期待される。日本医科大学の太田成男(おおた しげお)教授らとの共同研究で、11月3日付の米心臓病学会誌 Circulationオンライン版に発表した。

グラフ. 対照のラット(水素ガスを吸入していない、通常体温管理)と比較して、水素ガス吸入のラットでは低体温療法のラットと同等の生命予後改善(左)や行動量(移動回数)・認知機能の改善(右)が見られた。さらに、水素ガス吸入は低体温療法との相乗効果をあった。(提供:慶應義塾大学)

研究グループはこれまで、脳や心臓の血管が詰まって生じる脳梗塞や心筋梗塞に対して、水素ガスを吸入させながら詰まった血管を広げて血流を再開通させると、脳梗塞や心筋梗塞が軽症化することをラットやイヌの実験で明らかにしてきた。今回は、これまでの研究と比較してより臨床現場の状況に即した条件で水素ガスの効果を検証した。

病院外の心肺停止は全国で年間約 13 万例。心肺蘇生法が市民に普及して、救命率は上がったが、蘇生したとしても、脳や心臓の重い後遺症で社会復帰の可能性はごく低い。組織障害を防ぐために、組織に血液が再び流れると、大量の活性酸素が発生して、組織障害が進む。これが心停止後症候群だ。その活性酸素を除去する作用が水素ガスにはある。

研究グループはラットで心肺停止モデルを作った。6分間の心肺停止状態の後に胸骨圧迫や人工呼吸で蘇生法を実施し、心肺停止から蘇生して7日間経過を観察して、脳機能検査や生存率、行動実験、脳組織を調べた。心肺停止蘇生後に水素ガスを吸入させたラットでは、脳機能スコアと生存率が、何もしなかった対照のラットと比較して著しく改善した。水素ガスの吸入効果は、低体温療法とほぼ同じだった。さらに水素ガス吸入と低体温療法を併用することで最も顕著な改善効果があった。

また、蘇生後7日目に行動試験を行った結果、水素ガス吸入のラットは行動量や認知機能の低下が抑制された。蘇生7日後のラットを脳組織学的に観察して、脳海馬の神経細胞数、軸索損傷、ミクログリア、大脳皮質の神経細胞変性やアストロサイトの変化を比較した。対照のラットで多かった神経細胞死や炎症反応が、水素ガス吸入のラットでは少なかった。低体温療法と水素ガス吸入を組み合わせた場合に、最も高い効果を認めた。吸入させる水素ガスの濃度は1.3%で、爆発の危険性はなく、安全に使えるという。

研究グループの佐野元昭准教授は「命が助かって、さらに植物状態にならないためにも、脳を守る方法が待望されている。水素ガス吸入はその有力な方法になり得る。救急現場でも、心拍を回復させた後なら、低体温療法と併用して水素ガスを吸入させやすい。現在、慶應義塾大学病院で心筋梗塞や心肺停止蘇生後の患者への水素ガス吸入の臨床研究が実施されている。薬事法に基づく、心肺停止蘇生後の患者への臨床試験を進める価値はある」と話している。