理化学研究所(理研)は10月23日、経験による脳回路の変化を新しい理論モデルで予測することに成功したと発表した。

同成果は、理研脳科学総合研究センター神経適応理論研究チームの豊泉太郎 チームリーダーと、米コロンビア大学理論神経科学センターのケニス・ミラー 教授、米カリフォルニア大学サンフランシスコ校の金子めぐみ 研究員、同マイケル・ストライカー 教授らによる研究グループによるもの。10月22日付け(現地時間)米科学雑誌「Neuron」に掲載さた。

人が経験を通じてさまざまなことを学習することができるのは、脳回路内の神経細胞同士のつながりである「シナプス」の結合の強さが動的に変化する「可塑性」という性質を持つためだといわれている。これまでの研究から、神経回路の中でよく使われるシナプス結合は強くなり、あまり使われないシナプス結合は弱くなるという「ヘッブ型可塑性」によって、特定の細胞グループが同時に活動しやすくなり、学習が進むと考えられてきた。

一方、神経活動が極端に強くなったり、弱まったりすることをシナプスの強さの調整によって防ぐ「整調型可塑性」という仕組みも存在し、この2つの可塑性が相互に調節し合いながら学習を成立させていることがわかっている。しかし、2つの可塑性がどう組み合わさって学習を成立させているのか、その仕組みは明らかになっていなかった。

ヘッブ型可塑性のイメージ図。人の姿とその声に反応した神経細胞が同時に活動することが繰り返されると、声を聞いただけで、その人の姿を連想することができるようになる。

整調型可塑性のイメージ図。ヘッブ型可塑性によって成立した個々のシナプスの強度の違いを保持したまま、全体のシナプスの強さを調節する(図は増強される場合)。

同研究グループは、左右の眼から入力情報のうち、どちらが大脳視覚野で優先的に処理されるかが経験とともに変化する「眼優位性の可塑性」という現象に着目。近年の実験で、この現象は神経回路のつながりの強弱が先に「ヘッブ型可塑性」によって変化し、しばらくして回路全体の活性が「整調型可塑性」によって調節されることが示されている。同研究グループは、経験による脳回路の変化を明らかにするため、この「眼優位性の可塑性」を忠実に再現できる、新しい理論モデルの構築を目指した。

従来の理論モデルでは、2種類の可塑性がつりあうことで安定状態に達すると考えられてきたが、解析の結果、2種類の可塑性の時間スケールに違いがある場合にはシナプス結合が不安定になって眼優位性の可塑性を忠実に再現できないことがわかった。この問題点を克服するため、同研究グループは「ヘッブ型可塑性は短い時間スケールで、整調型可塑性はより長い時間スケールで働き、それぞれ独立に安定状態に達する」という新しい理論モデルを構築。そのモデルが、「眼優位性の可塑性」の実験結果を非常によく再現できることを確認したという。

新理論モデル概略図。シナプス結合の強度wが、ヘッブ型の変数ρと整調型の変数Hの積で表現される。この新モデルによって、ヘッブ型可塑性(LTPおよびLTD)および整調型可塑性(homeostatic)に関わる分子(TNF-α、NMDA、TrkB)依存性まで再現することができる。

今回、経験による脳の変化を司る2つの可塑性が相互に調整しながら働くメカニズムが明らかになったことで、脳の成長や記憶のメカニズムの理解が進むだけでなく、薬剤が脳の発達障害や学習障害に与える影響を予測して、医療現場などにフィードバックすることも可能になると期待される。