養殖用の生簀(いけす)を10mより深い低水温域に沈下させる効率的なシステムを、東京大学大学院農学生命科学研究科の潮秀樹(うしお ひでき)教授らの共同研究グループが開発した。この生簀を使って、海水温上昇のために出荷時期が7月中に限られていた養殖ギンザケを、市場にサケ類が出回らない8月中旬に出荷することに成功した。ニチモウグループ(東京)と宮城県漁業協同組合との共同研究で、「実用化にめどがついた」として9月末に発表した。

写真. 今回開発したギンザケ用浮沈式生簀。左は浮上時、右は沈下後。宮城県女川湾で。(提供:東京大学)

この浮沈式生簀は、8月初めから、秋サケの出荷が始まる8月下旬までの生鮮サケの出荷閑散期に、国産の生鮮サケ類を消費者に届けるシステムとして期待される。温暖化で海水温上昇が問題となっているほかの魚類養殖にも活用できる。共同研究は、東日本大震災の復興の一助と位置づけられ、「東北サケマス類養殖事業イノベーション」として取り組まれた。

図1. 試験海域の水温の鉛直分布(2014年5月25日~9月3日)。
生簀を沈下させると、8月まで生簀内の水温をギンザケの生育限界温度(21℃)以下に保つことができる。(提供:東京大学)

図2. 今回開発した浮沈式生簀の模式図(提供:東京大学)

養殖魚を飼育したまま、沈下させたり浮上させたりできる浮沈式生簀はこれまでも多くの方式が国内外で開発されてきたが、施設費や運用費が非常に高いため、クロマグロのような高価な魚種にしか使えなかった。研究グループは、安価なギンザケにも使えるような手軽な浮沈式生簀を新たに開発し、ギンザケの8月中旬の出荷を実現した。

三陸海岸では、通常の生簀がある水深10m以浅は、海水温が8月上旬にギンザケの正常生育上限温度の21℃を超えてしまう。このため、ギンザケの出荷時期は4月~7月に集中し、魚価の低下の一因にもつながっていた。試験は宮城県・女川湾で実施した。6月下旬から、開発した浮沈式生簀システム(1辺8.8mの6角形、長径約20m、高さ約10m)を深さ約10mまで沈めると、水温がギンザケの正常な生育が可能な温度まで下がり、養殖期間を延長することができた。

今回開発されたシステムは、ポリエチレンパイプ内部にたわみやすいゴムホースを配して、ホース内部への空気の給排気によって、浮力を調節して、生簀をスムーズに浮き沈みさせるようにした。また、吸排気のための所要時間も短く、その際のランニングコストも従来の方式に比べて各段に安くした。開発時に改造を重ねたため1800万円程度を要したが、今後は大幅なコストダウンを図る予定という。このシステムは、水温調節だけでなく、台風通過による荒天や、高濁度水の流入、有害藻類の大量発生などの脅威から生簀を一時的に避難させるのにも使える。

潮秀樹教授らは「低コストで使いやすい浮沈式生簀を作った。大掛かりなシステムも必要なく、通常の漁船から浮沈を簡単に操作できる。実用性は高い。海洋の養殖に広く使えるように、普及させたい」と話している。