8月21-23日に、米国ワイオミング州ジャクソンホールで、世界の金融市場関係者が注目するカンファレンスが開催された。今年のテーマは、「労働市場のダイナミクスの再評価」だった。FRB(連邦準備制度理事会)のイエレン議長だけでなく、カンファレンスに参加した各国中央銀行の総裁が労働市場に関して講演した。そして、その多くがリーマン・ショックから約6年経過した今も、労働市場の改善は十分ではないと訴えた。

そこで、主要国の労働市場の状況を失業率の変化から考察してみた。失業率は各国ごとに定義が異なるので、水準そのものを比較するよりもその改善・悪化度合いを比べるため、失業率の3年移動平均からのかい離をみた(図)。

足もとで失業率の改善ペース(≒労働市場の改善ペース)が最も顕著なのが、米国、次いで英国、日本、カナダの順となっている。ユーロ圏はようやく失業率の悪化に歯止めがかかりつつあり、一方で豪州では悪化ペースが加速しているようにみえる。

2008年秋のリーマン・ショック後の世界的な景気後退のなかで、米国の失業率は突出して悪化し、その後は他の国以上に改善している。良く指摘されるように、米国は景気変動に対する雇用の調節がどの国よりも機動的だと言えそうだ。

今年に入って失業率の改善ぶりが目立つのが英国で、米国や英国で利上げ開始の是非が議論されるのもうなずける。なお、ニュージーランドは今年に入って、すでに4回の利上げを実施しており、現時点で小休止モードに入っている。残念ながら、ニュージーランドの失業率は四半期のデータしかなく図中に示せないが、4-6月期の失業率は3年移動平均を0.8%下回っているので、上記の失業率改善の序列に含めると英国の次ということになる。

日本でも失業率は改善している。ただ、改善が顕著にみられたのは2011年夏なので、おそらく東日本大震災の復興需要が本格化したためだとみられる。その後の改善ペースは上がっていない。アベノミクスは失業率の低下にあまり寄与していないと解釈できるかもしれない。カナダも失業率の改善ペースは鈍っている。カナダの金融政策はしばらく現状維持が予想されている。

偶然かもしれないが、足もとの失業率が3年移動平均を上回っているユーロ圏と豪州では、程度の差はあるものの、金融緩和観測が台頭している。

ジャクソンホールでは、「労働市場の構造変化もあって、雇用者数や失業率という従来の尺度だけでは労働市場の実態は把握できない」というのが結論の一つだった。失業率の改善が顕著な米国でさえ、パートタイムや長期失業の比率といった労働の「質」が問題視され、金融緩和を長期化すべきとの声も根強い。それでも、以上のように失業率の趨勢的な変化をみると、金融政策の方向性(の差)がある程度示唆されているように思われる。

執筆者プロフィール : 西田 明弘(にしだ あきひろ)

マネースクウェア・ジャパン 市場調査室 チーフ・アナリスト。1984年、日興リサーチセンターに入社。米ブルッキングス研究所客員研究員などを経て、三菱UFJモルガン・スタンレー証券入社。チーフエコノミスト、シニア債券ストラテジストとして高い評価を得る。2012年9月、マネースクウェア・ジャパン(M2J)入社。市場調査室チーフ・アナリストに就任。現在、M2JのWEBサイトで「市場調査室レポート」、「市場調査室エクスプレス」、「今月の特集」など多数のレポートを配信する他、TV・雑誌など様々なメディアに出演し、活躍中。