7月12日から「特別展 建築家ガウディ×漫画家 井上雄彦 -シンクロする想像の源泉」が東京・六本木の森アーツセンターギャラリーで開催される。本展は、「2013-2014 日本スペイン交流400周年」記念文化事業の一環として実現。カタルーニャ工科大学監修のもとアントニ・ガウディの自筆スケッチや図面、大型の建築模型などの資料や作品約100点に加え、井上雄彦氏がガウディの人生や人物像を元に制作した約40点の書き下ろし作品を展示する。

「特別展 建築家ガウディ×漫画家 井上雄彦 -シンクロする想像の源泉」展が、7月12日~9月7日まで開催される

時代を超えて出会ったスペインと日本のアーティスト

日本でもファンの多いガウディは、19世紀~20世紀にかけてスペイン・バルセロナで活躍した建築家。1883年の主任建築家への就任から没年まで40年以上に渡って取り組んだ「サグラダ・ファミリア」を始め、「グエル公園」や「カサ・ミラ」など7点が世界遺産に登録されている。現在も建築作業が進行中のサグラダ・ファミリアは、ガウディの誕生100周年にあたる2026年に完成する予定だ。

一方の井上雄彦氏は、「SLUM DUNK」などの大ヒットで有名な漫画家で、2013年12月に「2013-2014 日本スペイン交流400周年」の親善大使に就任。本展の作品制作のため今年4月にはバルセロナに1カ月間滞在し、サグラダ・ファミリアを臨むアパートやカサ・ミラのアトリエで制作を行っている。つまり、両国を代表するアーティストの、時代を超えたコラボレーションが実現したというわけだ。

展示に先駆けて行われた内覧会では、井上氏をはじめ日本側学術監修担当の鳥居徳敏教授、本展覧会公式ナビゲーターの建築家 光嶋裕介氏の3名が参加。ガウディの業績の解説や本展の意義や見どころなどがそれぞれ語られた

記者発表時には、ガウディと自らの共通点を「完成を急がないこと」にあると語った井上氏だが、作品制作を経て「現場を実際に見る」ことがガウディの理解する一つのポイントになったと話す。また「人間を描くのが僕の仕事だけに、目や骨格、体格、人と話す時の距離感などスペイン人のあり方が印象に残りました。光と影の関係や影の色もそうです。サグラダ・ファミリアは時間によって立体感や影の濃さが違い、ディテールも浮き上がって見えるのがわかりました」とバルセロナで得た経験を披露。「ガウディが30年ほど住んでいたアパートに気づくとたどり着くことが何度かあったので、彼に呼ばれていたのかも」と笑いを交えて語り、会場を沸かせた。

また、和紙と墨による制作から「墨を擦る時間の大事さを知りました。自分と向き合うことで雑念が落ちていい状態になります。後片付けも必要ですが、絵を描くことを実践と捉えると、そうした前後の時間を丁寧に行うことで実践そのものも自然な心持ちで取り組めるようになった」と語った。

ガウディの偉業と人柄を資料とマンガで解き明かす

第1章の会場の床は、カサ・ミラの六角形の床タイルを模した物が敷き詰められており、展示の切り替えに合わせて素材を変えるなどの趣向が凝らされている

会場はガウディの少年~建築学生期、建築家として名を広めた黄金期、サグラダ・ファミリア専念期の3部構成。貴重な資料群はもとより、プロジェクションマッピングなどの演出、曲線を描く各展示室や六角形タイルなどガウディ建築のモチーフを用いた空間など、そのエッセンスを五感すべてで疑似体験できるようになっている。

第1章「トネットの少年、バルセロナのガウディへ」では、井上氏は「トネット」と呼ばれた内気で病弱なガウディの少年時代、彼の想像力と創造力をつくった自然との関わりをピックアップ。和紙ににじむ墨の濃淡と揺るぎのない線運びで、豊かな自然の風景と心象、情景を描き出している。続けて並ぶのは、ガウディがバルセロナ建築学校で残した、教授たちにも一目置かれた緻密な建築設計図。中でも「大学講堂・横断面」は、「ボザール様式」と呼ばれる建築様式や細部まで描き込まれた壁画、ドーム型の天井など卒業作品とは思えないクオリティと美しさを見せる。建築図面とともに大型の模型が多数展示されているのも本展のポイントだ。

「大学講堂・横断面<卒業設計(建築家資格認定試験)>」

「サンタ・テレサ学院:正面(ファサード)詳細図」(中央)、「サンタ・テレサ学院:横断面図」(右)

「ボディーネス館模型」

井上氏によるガウディの自画像連作で幕を開ける第2章「建築家ガウディ、誕生」。堅めの筆で書きつけたような力強さと濃い墨色が、建築家として勢力的に活動した時代の勢いを感じさせる。またこの展示室には、ガウディ(アントニ)とロレンソのストーリーや壁面に直に描かれたキャラクター設定など空間と作品が交差するインスタレーション的仕掛けも施されている。

第2章「建築家ガウディ、誕生」展示スペース

また、この作品に向かう第1章~第2章間の通路ではガウディの処女作「カサ・ビセンス」や世界遺産認定の「コローニア・グエル」や「カサ・バトリョ」、「カサ・ミラ」、そして「サグラダ・ファミリア」などを時間軸に沿って紹介。ビジュアルで概要を確認してから詳細な展示資料をたどることができる。

「カサ・ミラ」〔カザ・ミラー〕、通称ラ・ペドレラ(石切場)
井上氏も滞在したバルセロナに現存する住宅ビルの模型。斬新な構造や住居機能の設計により近代建築の先駆例とも言われる作品にも関わらず、当時は建築所有者との間に訴訟問題などが起こったという。ガウディが一般建築から退くきっかけとなった作品

「カサ・ミラの六角形の床タイル」(左)、「カサ・ミラの寄せ木張りの床」(右)。会場では図面や石膏模型は元より、各部分に用いられた金具や建具なども展示されており、その質感や鋳造の細部を確認することができる

粉砕タイルで覆われた外装用ピースやガウディが手がけた家具など。また、時間によってモザイクを模したデザインのプロジェクションマッピングも現れる

第3章「ガウディの魂~サグラダ・ファミリア」への通路には、サグラダ・ファミリアの設計時にガウディが参考にしたという自然の仕組みや構造の実験例などが紹介されている。幾何学形態を活用した天井構造や、鏡を効果的に活用した「逆さ吊り模型実験」などは、見た目にも美しさが感じられる。

第3章展示室の様子

「逆さ吊り模型実験」は、吊された展示物を下から鏡でのぞき込むことができる

展示室ではガウディとサグラダ・ファミリアの建築の流れを追うことができるほか、柱やロザリオの扉口、採光塔など各部の模型を元にしてスケール感を把握できる。また周辺地域の景観図などの資料もあり、バルセロナの都市計画にも関わる事業であったことを垣間見ることができる。

「サグラダ・ファミリア聖堂:模型」

「サグラダ・ファミリア聖堂:受難の正面、鐘塔頂華」

展示室の様子

井上氏が自ら制作し、世界最大級の手すき和紙に描いた作品も展示されている本展。スペインと日本の代表的アーティストが静かに才能を戦わせた結果を、ぜひ会場で実際に感じ取ってほしい。なお、本展の会期は9月7日まで。入場料は一般・大学生1,800円、中学・高校生1,300円、4歳~小学生800円となっている。

展示室外につくられた特設ショップ。粉砕タイルを思わせるモザイクシールなど関連商品を扱う。またヒルズ内のレストランやカフェではガウディをテーマにしたメニューなども提供される