澤田亜紀さんがふだん使用しているスケート靴

前回までにアイスショーや練習方法、また注目の選手の紹介をしてきましたが、フィギュアスケートの見方が少しずつ変わってきましたでしょうか。今回はフィギュアスケートで使う道具・スケート靴についてお話しましょう。

専用のオーブンで温めてから整形する靴もある

フィギュアスケートのシーズン中、選手たちの「靴が合わなくて……」という言葉を、雑誌やテレビなどで見聞きした方もいらっしゃるでしょう。フィギュアスケートをする上で一番大事な道具である靴は、どの選手も非常に気を使う道具になっています。

選手が使用しているスケート靴は、靴本体とエッジで分かれており、それぞれ別に購入します。靴・エッジ共に種類がたくさんあり、選手は自身の筋力やジャンプの回転数を考慮し、靴とエッジを組み合わせます。

靴のほとんどは皮でできており、靴のメーカーや種類によって皮の硬さやヒールの高さは異なります。皮と皮の間に形状記憶するプラスチックを挟んでいて、専用のオーブンで温めてから足を入れ、整形をする靴もあります。

靴を作る過程で職人のクセが出たり、靴の上部分と底部分を合わせるときに微妙なズレが出たりすることも多く、同じ顔の人がいないのと同様、100足あれば100通りの靴ができあがります。足型を取ってオーダーメードする選手もいますが、必ずしもその靴が自分に合うということはないため、既製品を自分自身で調整していく選手が多いように見受けられます。

靴の寿命は、選手によってまちまち

靴の寿命はリンクコンディション(湿度や室温)や練習時間はもちろんですが、選手自身の好みによって変わります。プラスチックを挟んでいる靴は、皮の中でプラスチックが折れてしまうことがあります。

ただ、高橋大輔選手の場合はプラスチックが折れる前の硬さが好みで、逆に小塚崇彦選手はプラスチックが折れて少しやわらかくなった状態が好みだそうです。当然、折れる前が好みだと寿命は短くなりますし、折れた後が好みであれば寿命が長くなります。

自分の好みの硬さで試合に出られるのがベストなため、試合直前に靴の寿命がくることがないよう、靴の交換時期には特に気を使っています。日々のメンテナンスでは、靴が湿ったまま通気性の悪いロッカーなどに置くとカビが生えてしまうこともあるので、皮が傷まないように陰干しをすることもあります。

スケート靴は皮でできていますので、新品はとても硬く、足になじむまでに時間を要します。新しい物では靴ずれになることも多く、競技歴の長い選手には土踏まずのあたりに傷があったり、かかとやくるぶしなどの部分がぷっくりと膨れ上がったりしている選手も多いです。

また、靴はそのままでも、試合前に靴ひもを交換する選手もいます。靴ひもは着氷やスケーティングで足首を深く曲げたときに負担がかかり、切れることもあります。ジャンプの空中姿勢は左回転であれば右足を軸に左足が前にくるように交差した状態になるため、その動作の途中で誤ってエッジでひもを切ってしまうこともあります。

エッジと本体は取り外し可能なのだ

羽生選手、浅田選手らのエッジへのこだわり

靴が決まれば、次にエッジを取りつけます。O脚やX脚といった選手の足の形や靴のクセなどを考慮した上で取り付なければいけないため、時間がかかり、最も気を使う作業です。靴底のど真ん中に付ければいいというものではないので、滑ったときのエッジの傾きを確認しながら何度も調整をします。

エッジを1mm動かしただけで滑ったときの傾きがかなり変わり、ジャンプにも影響が出ます。また、トゥ(つま先)をついたときに足の甲に負担がかかってケガをする恐れもあります。靴がやわらかくなって力のかかり具合が変わってくると、再度エッジの調整をしなくてはいけませんが、自分の中で「ココだ! 」という位置が決まった瞬間は、なんとも言えない達成感があります。

最近では足の負担を減らしてジャンプを高く跳ぶため、エッジや靴の軽量化をするメーカーが増えてきました。基本的にエッジは鉄でできていますが、浅田真央選手、小塚選手、羽生結弦選手が使っているエッジは、氷と接している部分は鉄、軸はカーボンでできており、通常より片足で50~100gほど軽くなっています。強度はあまり変わらないため、軽量化したエッジに替える選手が多い傾向にあります。

エッジのメンテナンスは、包丁と同じく定期的に研磨を行います。刃が鋭すぎるとスピンが回りにくくなりますが、刃がすりへると横滑りをして転倒の危険性が増します。そのため、試合時はもちろん、オフシーズンでもメンテナンスを行います。エッジの寿命はシニアの選手で約1年。長く使いすぎるとゆがんだり、男子選手ではエッジが折れたりすることもあります。

一番の消耗品であり、一番気を使う道具でもあるスケート靴ですが、日々進化しており、日本人の足に合うような型も出てきました。今は靴が合わなくて苦労している人も多いですが、より技術が向上すれば、今よりもさらに足になじみやすい靴ができるのではないかと期待しています。

筆者プロフィール : 澤田亜紀(さわだ あき)

1988年10月7日、大阪府大阪市生まれ。関西大学文学部卒業。5歳でスケートを始め、ジュニアGP大会では、優勝1回を含め、6度表彰台に立った。また2004年の全日本選手権4位、2007年の四大陸選手権4位という成績を残している。2011年に現役を引退し、現在は母校・関西大学を拠点に、コーチとして活動している。